朝活

■朝活

 朝6時、お寺の鐘に起こされる。窓を開けて寝ているのでよく聞こえるようだ。なんと清々しい朝だろうか。体調は絶好調である。今日は家人が休みなので午前中は車を借りた。身支度をして朝6時半に家を出て、最寄りのセカンドオフィスへ向かう。

 昨日寝る前に思い出したフォレストリーダーのイベントの実施計画書を作成する。結構時間がかかる。今日は9時ごろから庭木の剪定作業に伺わなければならず、8時半ごろまでの朝活である。

 今日のように気力がわいてくる状態はいい調子である。これは、バイオリズムから来ているのではないかと思ったりする。昔、体調調査という記録を付けていたことを思い出す。日々どれだけ勉強できるかを統計にしていた。うる覚えであるが、火曜日が一番調子が良かった記憶がある。しかし、この歳になって調子が良くなるということはあり得ないだろう。単なる錯覚だ。日々衰えていく身体と向き合いながら生を全うすることが必要なのだろう。最近、目が悪くなった。定期的に眼科で視力検査をやっているので原因は分からないが、近くの字、例えばスマホの字を見る時にメガネを上に上げて裸眼で見てしまう。そういえば、世のお年寄りという方がそういう仕草をしていたことを思い出す。ついに、自分もその仲間に入った感がある。今月は眼科へ行く予定があるので、それも話そうかと思ったり、また薬が増えてお金がかかるので止めようかとおもったりしている。

 この店は近いし早朝から開いているので重宝させてもらっているが、Wi-Fiが弱いのが欠点である。まあ、座る席にもよると思うが、結局今朝は店のWi-Fiではなく、横にあるコンビニのWi-Fiを利用した。

 さあ、天気が良く涼しいうちに庭仕事をしようと車を走らせる。

 到着したら、家の方が在住であった。その時に今日は世間では休日であると認識した。敬老の日らしい。自分の日か。基本的に気を使わせるのが申し訳ないので不在の時に作業をするようにしていた。今回も、しっかりお茶とお菓子と手土産を頂いた。恐縮しまくりである。

 

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 一服しながら作業をしていたら、突然雨が降って来た。ひどい雨ではなかったが、空は雨雲に覆われており、ひどくなる顔をしている。そこで、中止である。雨の日は脚立が滑り危険なのでやらないことにしている。でも、半日、いい汗をかいたね。

 帰宅後、シャワーを浴びてごろ寝である。家人は車でデパートへ行ってしまった。やはり、大汗を書いた後の昼寝はいいねえ。

■「猫も老人も、役立たずでけっこう」(養老孟司著、河出書房新社、2018年)を読む。

「もっと成長を、もっと効率を。そんなものを必死に追い求めた結果、世の中はわけのわからないものになってしまいました。」

「~何を言っても遺言、写真を撮れば遺影という歳になりました。」

「人っていうのは、いるだけで迷惑なものなんですよ。」

「便利なものもたんくさんできた。でも、だから幸せかというと、そうでしょうか。」

「疑うことは考えることで、疲れることでもあるんです。」

「“発見”というのは“自分が変わる”ことに他ならない。」

「楽をすると何が起きるか。これはもうはっきりしています。自分が教育されない。車に乗ってばかりいたら歩けなくなる。」

「つまり、必要なのは患者に関する情報であって、本人はいらない。」

少子化は、人々が自然に対峙する方法を忘れてしまったことに根本の原因がある~」

「腹の中に一兆もバイ菌を持っているくせに、何が除菌だ」

「私たちは眠っている間、意識を失い、目覚めるとまた意識が戻る。」

「人の心がわかる心を教養という」

「~何でも説明を求めたがる傾向って、メディアでとくに強い~」

「メタメッセージというのは。伝えるべき本来の意味を超えて、別の意味が伝わってしまうことです。」

「異常な人って、すごく先鋭的に世の中を反映しているんです~」

「ハエ一匹ゴキブリ一匹出てこない環境は、異常で不健康な世界なんだって気がつかないといけません。」

「ガン細胞って誰にでもあって、日々、身体が処理しているんですよ。それをやっているのが免疫です。」

「最近の健康ブームもあって、老人たちは治療したら元の身体に戻ると勘違いしていますね。」

「六十歳過ぎたら病気なんか治るわけない~」