隙間時間

■隙間時間

 昨日ほどではないが、体調が悪い。この段階で解消しておかないとどうなるかは、分かっている。

 朝、家人を職場に送った後、子供の3箇所の送り迎えがある。そのため、それぞれの送り迎えの間でやるべきことをやることになる。しかし、その間隔が1時間だったり3時間だったりとさまざまである。

 昼頃に1時間30分ほど隙間時間が出来た。予定では、蕎麦打ちの予定であったが、粉から打っている時間はないと考え、外食にした。うどんランチである。

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 しかし、このかき揚げは大きすぎる。一番上のを取ったらこれであった。普通の2倍はある。最初は2個分取ったかと思ったほどだ。おかげで、帰宅後胃薬のお世話になった。もう、こんな無茶はできない歳になったのだ。

 次いで、2時間半ほどの隙間時間が出来たので、予定していた蕎麦を打つ。打ち損ないの蕎麦は無くなった。思えば、前回も水の量は正確に計っていたのであるが、捏ねているうちに、もういいかと思い、残りを全部捨ててしまったのが敗因であった。20ccほどだったと考えている。今回は、最初に全て入れてしまった。ところが、今度は柔らかすぎるように思う。つなぎは2.5%にした。どうも会心の作とはいかなかったようだ。これで、3食分である。

 ニンジンジュースも作った。ニンジンにリンゴも加えて作ったら、まあまあである。

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 熟成のため、冷蔵庫に入れる。

 家人を迎えに行って帰宅しようとすると、子供から面接授業のため、帰宅禁止と言う連絡が入る。そこで、デパートに寄っていろいろ買った。そこで、発見した。ニシンである。半身のニシンが置いてあった。値段を見て驚いた。半身2枚で600円近くする。これでは、手が出ない。

■「88歳の自由」(曽野綾子著、興陽館、2020年)を読む。(その2)

「漢方では、病気の原因は気、血、水の滞りからだと考える。」

「病気をただの災難と考えるか、その中から学ぶ機会とするか~」

「どの病気も辛いことだが、盲目も生きながら地面に埋められるような不幸である。」

「老年は一種の病気である。」

「~ぼけ防止に最高のものは、いわゆる掃除、炊事、洗濯などの家事である。」

「老人といえども、強く生きなければならない。」

「一日に一万歩を歩くことを自分に義務づけている人がいるが、日に一万歩も歩いていたら、それだけで一日の仕事だ。」

「恥ずかしいことだから記録しておいた方がいい。」

「毎日の食事が健康の元だと思っている。」

「ぼけというのは、多分“機会が減ることによって、学習を続けられなくなる結果”~

「まずいものを食べてまで長生きしなければならない、とも思わない。」

膠原病~薬はない、医者もいない、一生治りません、でもすぐには死にません」

「死は確固としてその人の未来ですから、死を考えるということは前向きな姿勢なのです。」

動脈硬化が人格の微かな変性をもたらすものだ。」

「そこにいるのは、既に母であって、母ではなかった。」

「人にできたことなら、多分自分にもできる。人が死ねたなら、多分自分も死ねる。」

「~庭師は植物の声をよく聞いている。」

「何歳になっても一瞬一瞬が勝負という面があるのは、楽しい。」

「葱と鮪のなべだから“ねぎま”というのである。」

「人生に終わりがあることは、最大の幸福であることを忘れてはいけない。」