■疲労
朝起きたら、少し疲労を感じる。これが何かのサインということを感じたが、そのまま朝シャンして朝食を食べる。念のために10秒チャージのゼリーを流し込む。
外は雨である。しかし、風がないことと、西の空が明るいので直に止むだろうと傘をさしてセカンドオフィスへ向かう。
Y.O.さんも来店され、常連さんも2名来店された。大相撲、山岳遭難、ワクチンの件などで盛り上がる。
昼近くまでおり、どうしようかと少し考える。明日から5日間図書館が閉まる。本は4冊しかないので、少し不安になり2冊借りることにした。
昼は決めていた。カレーラーメンである。肉も入れたいのでスーパーへ入る。やはり豚肉よりも牛肉だろうと、1パック購入する。
途中、つい先ごろ新装開店した美容院が閉店していた。短い期間だった。
昼食を作る。カレーラーメンにした理由がある。カレーであるが、だいぶ前に安いカレールーを買って来て、家人に安いのを買うなと叱られており、一向に使われる気配がない。たしかに10人前で100円以下なので安い方だと思う。それならとカレー麺類にすることにした。昨日、ラーメンを打ったので、カレーラーメンになる。これだけではバランスが悪いので、奮発して牛肉を付けたのであった。
久々に失敗作であった。しょっぱすぎるのである。高岡市民病院前のカレーウドン屋さんの味に酷似している。何が原因だろうと普通は考えるのであろうか、なんせ山勘でやっているので比べる物がない。しょっぱい理由はカレールーの入れすぎのようだ。8ブロックで1200ccの水と書いてあり、今回は300ccなので4分の1の2欠けを入れたのが多かったようだ。近いうちにリベンジ挑戦である。
それでも、余ったスープにご飯を入れて食べることが出来た。
昼食後、マストの昼寝であるが、疲労が強くなり16時ごろに起きてダラダラして過ごした。
■「その世界の猫隅に」(斎藤 環著、青土社、2020年)を読む。(その1)
「そう、“猫隅”とは“主体性の宿る場所”なのだった。」
「徴兵制があったらひきこもり青年たちが真っ先に志願するだろう」
「石原氏は、実際以上に自分を大きく見せることをひどく厭う人である。」
「私の中で議員というのは、ほぼ“自分の話しかしない人間”のことである。」
「周囲の具体的事物に強い好奇心を向け、熱中しやすく醒めやすい。運動のための運動を楽しみ、くたびれれば幸福に眠り、“昨日のことは眼中になく明日のことは思い煩わない。」
「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」
「ヤンキーとは“不良の道徳”をも意味するからだ。」
「服は脱げても体は脱げない」
「一定の確率で苦痛に満ちた生をもたらす可能性があるのに、あえて子供を作るのは親のエゴではないか。」
「~異性愛主義が”最も広汎に共有された狂気の一種“である可能性~」
「~1対1の“二者関係”はおそろしい。」
「~奉仕に対する感謝や罪悪感で相手を縛ることを“マゾヒスティック・コントロール”と呼ぶ。」
「この世界の片隅に」
「~自身のメディアを持つ者~」
「~ひたすら凶悪な音響は、要するに“本物”だったというわけだ。」
「生きるっていうだけで、涙があふれてくる」