二回目

■二回目

 

 今日は忙しいという意識で起床した。午前中に林業カレッジへ行き、いろいろ持って来なければならないし、午後からはワクチン接種の二回目である。どちらも、時刻が決まっているので、ストレスになる。

 朝家人を送って行った足で、林業カレッジに向かう。そうして、物を積んで帰宅する.

 少し休むと昼である。今日は少し涼しいので味噌ラーメンにする。先日購入しためんつゆがあまり美味しくなかった。自分の作るラーメンのスープは、鳥ガラと麺つゆがベースになっている。そこに醤油ラーメンなら醤油を入れるし、味噌ラーメンなら味噌と醤油を少し入れる。

 今回は、麺つゆを2倍入れ、どうなるか分からなかったが、魚粉も入れる。

 肉が無かったのでウインナーで代用し、野菜は冷凍ものと冷蔵庫にあるのを使う。

 いつもの味噌ラーメンが出来上がった。食べて見ると、そんなにダメではない。スープが余ったので、ご飯を入れて雑炊風にして平らげた。

 そして、直ぐに次のラーメンを打つ。今回も6食分である。まあ、惰性で打っているような感じになって来た。

 少し休むと、かかりつけ医に行かなければならない時刻になっている。理由は分からないが道路が混んでいるのでUターンして別の道で向かう。このかかりつけ医の駐車場は3台ほどしか駐車できないので、早目に行ったつもりであるが既に満車である。奥の隅の方に停めた。この病院がこんなに混んでいるのは見たことがない。この時間帯は全てワクチン接種の方である。

 入って問診票を書いてないのを思い出したので、その場で書く。

 あまり待たされないで名前を呼ばれる。腕をまくると、3週間前の絆創膏が残っている。これには呆れられた。こっちも、老人の勲章とかわす。絆創膏はその日のうちに取った方がいいと初めて聞いた。

 接種後、15分の待機時間である。他の高齢者の方々には、都合が悪いところはありませんかと聞いて回っていたが、自分のところには、大丈夫だわと素気なかった。

 15分経過後、帰ろうとすると自分の車が出られない。前に2台停まっている。病院側に訴えると、もう少し待ってと言われる。普通、奥の車がある時にその前に駐車するか!まあ、高齢者なのでそれもありか!

 明日は明日で忙しい。コーヒーは飲んでいないことに今気が付いた。どうでもいいが。

■「佐藤鬼房の百句」(渡辺誠一郎著、ふらんす堂、2021年)を読む。

「私の心のなかには常に山河が住んでいる。」

「本当は、人々の死の後の歌こそ、俳句の典型的な思想なのかもしれない」

「如月の望月は、釈迦入滅の日である。」

「南無とはサンスクリットの言葉で、仏などに帰依することを明らかにする意味。」

「陀羅尼助は、売薬の一種で、胃腸薬として使われる。」

「詩がまさに“毒”を孕(はら)まずして成立しないのは自明。」

「~狼や山犬は、農作物を荒す猪や鹿から守ってくれる身近な存在であった。」

「~死そのものが身近な存在であった。」

「~野に身を置き~生きることの瀬戸際でこそ、見るべきものが見えてくる~」

「“有難くなる”とは、東北地方の方言で、死んでしまうこと。」

桜の樹の下には屍体が埋まっている!」