出前講座(5)

■出前講座(5)

 今日は朝から出前講座である。自宅から10分ほどの距離なのでゆっくり行動する。実は、朝から弱いめまいの自覚がある。

 雨はまだ降ってない内に荷物を入れて準備を行う。

 10人くらいの少人数であった。

 出前講座でこれは知らないだろうと話したら知っていたのには驚いた。今どきの小学生はよく勉強している。というよりは、情報化が自分たちの時代よりも進んでいるのだろう。

 クラフトはフリークラフトである。コロナ禍で参加人数は半分ほどになった。

 終了時刻を大幅に過ぎて終わった。今回も疲れたね~。

 帰宅途中にスーパーに寄り、豆腐と野菜を買う。

 今日はラーメンの日である。雨で気温も下がったので、久しぶりに味噌ラーメンにする。肉には豆板醤でピリ辛とし、最後にごま油も垂らしたが、胡麻ラー油だったと後から気が付いた。

 食べた後、動けない。疲れがど~っと襲て来た。テレビを消して扇風機の前でなごなる。少し眠ったようだ。洗濯ものを干してから二度寝である。あまり昼に寝ると夜に眠れなくなるので、力を振り絞って、喫茶店に向かう。今日はホットコーヒーになった。

 そろそろ出前講座も限界に近づいているのではなかろうか。

■「大人のカタチを語ろう。」(伊集院 静著、集英社、2019年)を読む。(その2)

「~最後に子に対してできることは、自らの死を以て、子供へメッセージを残していくことだ。」

「故郷を離れた者が、故郷の話を真摯に語れるようになるには歳月がいるらしい。」

「人間はよほどの人である以外は、“依るべき所、依るべきものを持っていないと生きていけないのではないか”~」

「いつだって故郷はおまえのもので、おまえだけのものでしかない」

「人生の早いうちに自分が何者でもないことを知ることは大切である。」

「~持病の心臓の調子がおかしく~ここれ終わるのかと何度も覚悟したこともあった。」

「辱めを受ければ、人間は誰でも逆上するし、憤りが湧いてくる。当たり前の話である。」

「人間の記憶なんてものは、自分の都合が良いように変容するものだから・・・・。」

「謝って無駄なことは何ひとつないのが世間というものである。」

「金で手に入るものなど、タカが知れている。」

「――所詮、人は自分を中心にした輪の中でしか物事を考えることができないのだろう。」

「金を持つ人間には、己のその傲慢さは見えない。」

「実際、私がこれまで逢ってきた人間のうち、必要以上の金を手にした輩で、まともな態度や考え方の者は誰ひとりいなかった。」

「若くして金を得た人に、何かを話してもムダである。」