雨晒し

■雨晒し

 自宅のボイラーは灯油ボイラーにした。当時、オール電化という仕組みが流行っており、住宅メーカーからも勧められていたが、断った。

 オール何とかというのは便利そうに思えるものの、ひとつ壊れれば全て使えないことになり、リスク分散のつもりであった。

 灯油タンクは、裏庭に設置してある。住み始めたころは、灯油は配達してもらっていた。その後、燃料価格は上昇し、いつからかガソリンスタンドでポリタンクに入れ、ポンプで灯油タンクに入れることになった。

 その後、少しずつ進歩したのか、給油ポンプは電動になった。

 子供たちも帰って来て毎日風呂に入るのでは灯油の減り方は早くなった。

 先日、ポリタンクから灯油タンクへ移したばかりであるが、今日も移しておこうと、朝の涼しい時間帯を狙い、ポリタンクと給油ポンプを裏へ持って行こうとしたが、給油ポンプがいつもの場所にない。

 もしかしたらと思い裏の灯油タンクのところへ行くと引っ掛けてあった。

 もう何日も雨晒しであった。

 電動品は、水に弱く、調べては無いが防水の可能性はほぼ無い。

 恐る恐るスイッチを入れたらモーターの回る音がしたのでホットする。

 この頃、こういうことが増えている。

■「湯けむり文学」(多数著、講談社、2026年)を読む。

「~頭、体、顔の順番で洗うように。」

「つまり思い込みの力って本当にすごくて~」

「目覚めたらまず、一日の予定を頭の中に思い描く。」

「会社にしがみついてたら、良いものなんて書けない。」

「~父の陰膳である。」

「どうして男は集団になると知能が下がるんだろう?」

「そう、風呂は単なる身体をきれいにする営みというだけでなく、心もきれいにする営みでもあったのだ。」

 

こんなところが

■こんなところが

 腹が成長し始めてから、破壊したベルトの数は数えることも出来なくなった。

 そのため、新しくベルトを買うときには、壊れにくい構造のベルトを選んで来た。

 自分の場合のベルトの壊れ方は、大きく分けて二通りである。

 第一は、ベルトの穴が駄目になる。これは、毎回同じ穴を使用するのでやむを得ないと考えている。

 二つ目は、バックルが引きちぎれたように外れるのである。この原因は、腹圧である。理屈ではアホらしいと思っているが、ベルトをきつく締めればぽっくりお腹が分かりにくくなるのでないかと潜在意識が考えているようだ。

 これらのことを検討して、穴がなく挟み込まないバックルのベルトを愛用している。

 穴は編んである繊維の隙間に刺す構造である。

 検討に検討を重ねて購入したベルトが昨晩破壊してしまった。

 破壊場所は、バックルの溶接部分である。こんなところが?としばらく動けなかった。

 まぁ、原因は腹圧である。

 しかし、長くもった方ではないかと、次も同じのを買うことにしている。

 何かの次いでに売っている店をチェックしてきた。

 根本原因は、痩せればいいのである。しかし、出来ることは限られており、今日のように暑い日は最短のコーヒーショップへ徒歩で向かう程度である。

 運動習慣は、歩数から少し強めの運動(ハートフルポイント)を目指す事に変わった。ダラダラ歩きでは、5,000歩歩いてもハートフルポイントはゼロである。

 1週間単位というのも気に入っている。今日駄目なら明日がある、焦らずに歩こうとなる。

■「蟲母神の娘」(北里沙月著、光文社、2026年)を読む。

「人間いつ死ぬか本当に分からないからさ。」

「世の中には悪魔のような両親もいる。」

「~憶測で恐怖に駆られるほど愚かなことはない。」

「金持ちも、天才も、変人も上には上がいますから。」

「油断するなと言われても、出来ることは何もない。」

「関係ない方にとって、他人の不幸は楽しいのかもしれません。」

「ええ、疲れた時は走るといいですよ。」

「ほんのわずかな時間でも、息をつける時間は貴重だ。」

「昆虫は進化の頂点ともいえますから~」

「秋に出来る実は、エンブシと呼ばれる下痢や咳の薬ね。だからかな、ヌルデは呪力を持つ聖なる木とも言われているのよね。」

「騙されている人間は、騙されている事実に気が付かないでしょ。」

「人間はね、異質な存在を許さない残酷な生物だよ。」

 

長蛇

 これは、過去に会員用ページに掲載した記事です。

■長蛇

 何か人間の嫌な部分を見たような気がした。夕方、家人の買い物に付き合う。夕飯の準備は、終わっているが、子供が弁当を持って行くようになり、そのためである。

 ■■■■の中の■■■■■■という惣菜や弁当を販売している店が入っている。そして驚くべき光景に遭遇した。18時30分に半額の立て札が立てられると、どこから湧いて来たのか大勢の方が押し寄せ、トレイにはあふれんばかりの商品を乗せ長蛇の列が出来た。

 まあ、こういう光景は、何度も見ているがスケールが違う。

 想像であるが、大部分は、常連ではなかろうか。

「シリコンバレーによろしく」(内藤 聡著、大和書房、2026年)を読む。(その2)

「成果が見える前の行動は,”狂気“のそれと区別がつかない」

「アイデアは“考えてはいけない”」

「トレンドは後から名前がつく。」

「ネットワーク効果とは、ユーザーが増えれば増えるほどプロダクトの価値が高まる現象のこと。」

「最初に重要なのは、“効率よりも正しさと学びの量”という思想だ。」

「~話すたびに、その内容をスマホに丁寧にメモしている~」

「だが、生活に大きな変化が起きている場所には、必ず事業のチャンスがある。」

「“実績の積み重ね”がいかに重要かを実感する。」

「このままでは、会社が潰れる。」

「不安は敵ではない。」

「僕みたいな人間は、最後まで死にもの狂いでやるしかない。」

「どんな環境であっても、最後に生き残るかどうかを分けるのは、結局“意地”だ。」

「~アメリカでは“お金は使って回すもの”という感覚が強い。」

「身体や精神を壊すくらいなら、起業などしない方がいい。」

「失敗は共有されることで価値になる。」

 

秋の気配

■秋の気配

 これを書いているのは、8月上旬である。このところ、35°C近くになりまさに猛暑である。

 ところが、今日は曇り空で気温は26°C近く3〜4m近い風も吹いている。

 午後からは徒歩でコーヒーショップへ向うことにした。

 歩いていると、なんだか秋の気配を感じる。秋でもないのに 人恋しくて〜、秋の風が吹いて 舟をたたむころ〜が頭の中に流れる。

 原因は、近づいている台風15号のようだ。部屋ではエアコンは切り窓を開けている。

 台風の進路予報を見て驚いている。直撃ではないか。今のうちに飛ばされるモノは、中へ入れておこう。

 スマホに登山の遭難記事が毎日のように流れて来る。

 登ったことのある山ならだいたい分かるようになった。

 先日は剣岳で今日は槍ヶ岳である。

 槍ヶ岳の遭難死は滑落と報じていた。

 危ない場所は、2箇所ある。登りルートのハシゴまでのフリークライミングは、引っ掛かりが乏しくまるで1枚岩を登っているようになる。ここで足を滑らせればアウトになろう。そして、二つ目は、下山ルートである。ここは、ハシゴと鎖なので安心のように思えるが、風が強い。どのくらいかというと、足が浮くくらいと言えば分かってもらえるだろうか。今回もここの可能性が高いと考えているが、続報で確認しよう。

■「シリコンバレーによろしく」(内藤 聡著、大和書房、2026年)を読む。(その1)

「日本のスタートアップの多くは、そのプロダクトがアメリカですでに存在しているものだった。言ってしまえば“模倣”。」

「寝る場所があればそれでいいい。」

「~サンフランシスコ周辺では、部屋にヒーターがないのは違法らしい。」

「黙っていたら、最悪、数日で野垂れ死ぬーー」

「“人糞と人尿の街”。それが、当時のサンフランシスコの現実だった。」

「起業家と会社員は、使う筋肉がまったく違う。」

「~社会人の経験が起業家として役に立つことは少ない。」

「アントレプレナーシップ(起業家精神)とは、誰からも頼まれていないのに、ある問題の解決に取り組もうとする姿勢である。」

「問題が多いことは、事業でそれを解決するチャンスが多いことを意味する~」

「プロダクトのアイデアをパクらないことは、僕の信条。」

「だが、アイボッタというスタートアップも“レシート提出型キャッシュバック”で成長していた。」

「騙していたのは、他でもない自分自身だった。」

「自分が心から信じられないものを、続ける意味はない。」

「本には、人が死んだ後に残せるものが4つあると書かれている。“金”“思想”“事業”―――そして“勇ましい高尚なる生涯(生き様)”。」

 

 

 

タクシー

■タクシー

 暑い。今日も35°C超えである。車のハンドルが熱くて持てない。

 これは、コーヒーショップから出る時に体験することである。

 朝一にコーヒーショップへ向かう。昨日は、一番乗りであったが、開店から数分遅れると4番目であった。

 朝は本を読むスピードが上がるようだ。軽快なBGMにリズムを取りながら読んでいると、窓越しにタクシー止まった。中からは、二人の男性が降りて入店された。仕事関係のようだ。

 想像するに県外の方で近くのホテルに一泊した後、朝食を食べてからコーヒーショップで一仕事という感じである。

 スーパーなどでタクシーを利用する人はたまに見かけるものの、コーヒーショップでは初めてではないだろうか。

 まぁ、自分だったら公共交通機関で駅前まで行って近くのコーヒーショップへ入ると思う。

 この二人、帰りはどうするのか確かめたかったが、自分の予定が押しており見届けないまま店を出た。

■「それからはスープのことばかり考えて暮らした」(吉田篤弘著、中央公論新社、2026年)を読む。

「協会が祈るための場所であることを、僕はもう長いこと忘れていたように思う。」

「いまの世の中、まじめすぎると疲れるだけです」

「~じつをいうと会社を辞めることになったのも、“いてもたってもいられなくなった”ことが原因のひとつだった。」

「もう、携帯電話は必要ないと思っていた。」

「~いちおう何かを短縮したことになっているものの、あらためて考えてみると、削られたものは、のんびりした“時間”そのものに違いない。」

「でも、世の中にはもっと時代遅れな人もいて、僕はその人のことを尊敬しつつあったから~」

「~主義や主張を振りかざすこともなく、好きだからそうしているというノンキさがそこにはあった。」

「働くことは基本であり、そこのところをちゃんとしているから“呑気”さも活きてくる~」

「あっという間に時間は過ぎてしまう」

「本当に“おいしい”と思わせるものは、教科書には載っていない~」

「自信たっぷりに道を間違え、およそ誰も想像できないような道のりを引き返すこともなくひたすら歩きつづける。」

「わたしはね、食べることと、お昼寝と、本を読むことだけ。その他には何もいらないの」

「“幸福”というのは気づかぬうちに皆に等しく配給されていて~」

「知らないあいだにたくさんの時間が流れてしまったーーー」

「~洗面台の鏡に、見たこともないくたびれた自分の顔が映っている。」

「何も起こらず、何も動かず、何も変わらないのに、それでもやはりうつろいでゆくものはあり~」

 

更新

 これは、過去に会員用ページに掲載した記事です。

■更新

 先頃からスマホにソフトウェアの更新案内が盛んに、というか必ず出るようになり、煩わしい。

 また、金を巻き上げようとしているのだろうと、無視を続けるも、煩わしさは続く。

 我慢ができなくなり、メッセージを真面目に読んだら無料ということが分かったので、指示通り更新する。

 新しいアイコンが増えた。

 これであの煩わしさから解放されると考えていたが、更新を促すメッセージは、同じように出る。

 今回もしばらく無視を決め込む。

 おかしい。更新は、済んでいるはずである。その証拠に新しいソフトウェアからのメッセージが出る。

 しばらくして、メッセージをもっと真面目に読んだら、古いソフトウェアをアンインストールしなければならないらしい。

 なんだ、しょわしない。新しいソフトウェアを更新するときに古いソフトウェアのアンインストールを一緒に出来なかったのだろうか。

 まあ、なんとかアンインストール出来た。

 古いメッセージが出なくなりめでたしめでたしになった。

■「せやかて、あの街は」(多数著、三才ブックス、2026年)を読む。

「同じ街であっても、生きた時代や歩いた目線が異なれば、見えていた景色も、記憶に残る印象も変わります。」

「世の中はよくなっていくに違いない、という未来への無邪気な期待を~」

「なんとなく誰かの意見や、勝手な思い込みで動いている。」

AIによって好みを分析され、先回りして“快”を与えられる環境に飼い慣らされている。」

「~威厳あるホームレスが街路樹の新芽を摘んでいる。」

「アホという万能の技術と処世術を教えてもらった。」

「高いと覚悟していた寿司の値段は想像以上に高かった。」

「剥き出しの狂気よりも、そこに不釣り合いな“幼さ”が混じっているとき、人はより強い不気味さを感じる。」

「~とにかく今日には今日にしか書けない文章があるということです。」

「天王寺は~口寄せが出来る巫女たちが住んでいた。」

「チェーン店~そこにはまったく人間の情報がなく、そんな店ばかりに通っていると自分もどんどん退化していくようだ。」

「~人間が何を抱えているのかは外からはわからない。」

「メディアがつくった虚構の大阪~」

「人間には二種類の人間がある。負の重力に吸引される人間と天空の煌めきに魅了される人間である。」

「自分が受け持つクラスに関心がない担任~」

「~“働いたら負けだ”と本気で思っていた。」

「めったにモノを増やさず、お金も使わず~何年も同じ服を着て~」

「無言が、意思表示になることがある。」

「背が低い男性は丈や色の組み合わせに厳しくお洒落な人が多い。」

「身の丈のずっと上のサービスを受けて非日常を楽しむようなことがもてはやされている~」

「幸せっておそろしく普通のことだと思う。」

「外国語の習得と同じで、言葉は出力しないと身につかない。」

「“魅力”とは、全く相反するものが共存している状態なのかもしれない。」

「ダボの意味は、“アホ以上カス以下”の罵り。」

 

システム手帳

■システム手帳

 いつものようにコーヒーショップで本を読んでいると、斜め前に知的な面持ちの男性が座られた。年齢は、分からないものの平日の午前中なので、自営業の方から年下の高齢者だろうと見ていた。

 すると彼は慣れた手つきでシステム手帳を開いた。自分の知っているサイズより大きく六穴である。

 そして、中から無地のぺージを離し、手書きで何やら書き始めた。

 自分も使っていた時期があったが、使わなくなった。予定表やtodoリストなどはスマホに変わってしまった。

 最初は、スマホを使わない人かと見ていたらしっかりスマホを使いながら手書きで作業されている。

 何らかの活動をされている方のようだ。

 これに似たことをしようかと考えている。今の自分ではシステム手帳ではなくA5サイズのノートである。

 長い期間が必要でかつ一覧性が要求される活動にはノートは便利である。

 ちょっと腰掛けて書き留めることが出来る。バッテリー切れの心配もない。

 今はぼんやりと次にやりたいことが浮かんでは消えている状態である。

「わたしの美しい戦場」(寿木けい著、新潮社、2025年)を読む。(その2)

「里山暮らしは虫との共存である。」

「うちのは淡竹(はちく)といってアクがほとんどないのだ。」

「優れた料理人は優れたアスリートでもある。」

「自然を自ら取り込めば取り込むほど、言葉は、人は、豊かになる。」

「受けた親切を相手に返すのではなく、別の人に別の形で差し出してもいいのだと思えるようになった~」

「体調不良の根っこには、職場の人間関係のストレスがあった。」

「できるようになるまで同じ箇所を百回弾く。これが根性なのだと。」

「他人の人生に教訓を求めたくなる時は、止まっている時だ。」

「土間は絶対に作るべきだ~」

「庭仕事には人を熱中させる魔力がある。」

「頑張らなきゃできないのなら、しない」

「梅はその日の難逃れ」

「百の顔、百の能力をもって土に生きる“百姓”という言葉が思い浮かび、それは確かに私が憧れる生き方なのだった。」

「体を使うことは頭を使うことでもあるのだ。」

「まめにストレッチや自重筋トレをして、疲れを残さないようにしている。」