腐敗

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■腐敗

 参ったね。どれくらい前に作ったかも忘れてしまったけれど、これから暑くなるので、ざる蕎麦が多くなると考えて、くるみダレを500mlのペットボトルに作った。これで、3回分は、ある。

 今日も暑かったことと、天ぷら種もあったので、ざる蕎麦にした。

 なんのためらいもなく、そばをタレに付けすすったところ、吐き出した。

 タレが酸っぱいのである。腐敗である。まあ、口の中で止まったので良かった。

 全て廃棄して、普通の麺つゆで食べた。

 やはり、作り置きは駄目なことが分かった。クルミをローストして、味噌やら麺つゆなどを入れるだけである。

 毎回作っても面倒な事もない。

 一方で別の事も考えていた。保存していたペットボトルは、何回か口を付けた容器なので、自分の口から入った常在菌等が培養されたのではなかろうか、と言う事である。

■「分裂蜂起」(佐々木 譲著、集英社、2025年)を読む。

「ロシア軍が進駐し、ロシアの日本統治が事実上日本政府の上に君臨することとなったこの属国への転落を、庶民は“御大変”と呼んだ。」

「ひもじくて飢え死にするくらいなら、最後に1回でいい。うまいものを食いたかった」

「重みのあるひとは、ひとによっては苦々しく思える。」

「行動よりも、言葉や論理を楽しむ種類の男です。」

「一回嘘をついたら、必ずばれる。」

「みんな身体を壊してやめていく」

「~仕事もなければ明日もない貧民たちです」

 

野菜セット

■野菜セット

 今日は、味噌ラーメンの日である。肉はあるので生ラーメンと野菜セットが必要である。どうせなら、違った種類で食べて見たいと、あまり行かないスーパーへ向かう。

 リンゴが300円以上なのは驚いたが一袋購入した。あまりにも高くなったので六分割して食べている。

 生ラーメンも、倍近くの値段であったが迷わず購入する。

 問題は、野菜セットであった。不経済とは分かっているが自分は、いろいろな種類が入っているカット野菜を一袋使ってラーメンを作っている。ところがこの店には、単品のカット野菜しかなく大いに迷う。

 最低限キャベツとモヤシは必要だろうと一時二袋をかごに入れたが、これでは高過ぎるので戻す。

 冷凍野菜はないかと探したがなく、水煎もなく諦めかけていたところ、サラダ用のカット野菜が見つかった。

 まぁ、腹に入れば同じではないかと、作ったものの、見事失敗であった。

 ラーメンに千切りキャベツは、合わないし、モヤシも無い。

 もうこの店でラーメンを買うことは、無くなった。遠くのスーパーに行けば、高級生ラーメンもカット野菜セットも売っていることは知っているが、徒歩でこの気温なのでやめた。

 野菜セットで作ったラーメンは、予想通りで美味しくスープまで全部飲み干してしまった。

■「ひまわりと銃弾」(麻宮 好著、小学館、2026年)を読む。

「そもそも、世の中にまともな人間がどれだけいるのだ。」

「地震の大火で浅草寺が焼け残ったのは、火に強い銀杏の大木のお陰だと言われているそうだ。」

「――黄色は闇によって弱められた光。青色は光によって弱められた闇。」

「この世の中にはどんなに望んでも叶わないことがあるのだ~」

「どれだけ後悔しても死んだ人間は戻ってこない。」

「今、上手くいってないということは、これから上手くいくってことだから」

「縁という字はいとへんでしょう。つくりのほうは巡るって意味なんだって」

「でも、戦争で兵隊さんが死ぬのは名誉なことなのではないか。」

「正義の国などない。」

「戦争は。どうして、人にものを考えなくさせるのだろうね。」

「頭がよすぎて人の心がわからないらしい」

「――夢っていうのはな、覚めるもんじゃない。叶えるもんだ。」

「――本来、国というものは一個一個の人間で支えられてできるものだ。」

「――怒を抑え不満を制すべし。“怒は敵と思え”と古人も教えたりーー」

「言語を学ぶのは大事なことだな。」

「敗れたどころか、まさしく国ごと破れたのだ。」

 

ヘルプマーク

■ヘルプマーク

 いつも行くコーヒーショップに自分と似たような人がいる。

 年齢は分からないものの黒ぐろとした頭髪から推定すれば年下の高齢者だろう。

 彼は、毎日来ている。そして、自分と同じホットコーヒーとグラス水を注文している。モバイルオーダーではないので店のスタッフと楽しげに会話をしながら注文している。

 何をしているかと見れば、スマホを横に立て掛け耳からうどんの切れ端のようなイアホンを付けだいたい1時間取り組みそして帰って行く。

 リュックは、革製品のような高級品で、流行りのA4縦型である。

 自分も次買うときにはこれにしたい。

 そして、今日気が付いたのであるが、プラスとハートが描いてあるプレートをリュックに下げている。

 はて?これは何のマークかとスマホで調べたら、ヘルプマークと出て来た。

 外見上は問題なく見えていてもいろいろと問題がある時に表示するらしい。

 確かに彼を見ても精悍な顔付きで健康そうにしか見えない。

 人は何かを抱えて生活しているのだなぁと彼を見る目が違って来る。

 自分もヘルプマークはもらえないのかねえ。治る見込みのない病を幾つも抱え、見るからに不健康そうな自分である。

 時間がある時に付帯条件など調べて見たい。

■「俺が偶然ちいさいおっさんになる確率」(芥川なお著、すばる舎、2026年)を読む。

「関わってはいけない。」

「屑人間の量産は、眼前で展開される我が国の民度の終焉を表していた。」

「本当にロクでもねえ世の中になっちまった。」

「中途半端な人生歩んでいるからこんなことになるんだよ」

「自分のキャパを超えてまで仕事をやっていたと思います」

「・・・日本はいつからこんな優しさのない国になったんですか?」

 

葉書活用方法

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■葉書活用方法

 部屋を片付けていたら、大昔の官製はがきが出て来た。そして、別にもある。この葉書は、年賀状の書き損じを、5円を出して交換したものだ。

 しかし、今となっては使いようがない。テレビのプレゼントコーナーにしようかと考えていたが、放送される時間に見られるとは限らない。

 シルバー川柳の本を読んでいたら、終わりの方で川柳募集のページがあり、葉書での応募になっている。

 さっそく、スマホに川柳用のページを作って、葉書で応募しよう。勿論、宛名や句は、パソコンで印刷する。

 帰宅後、パソコンで応募する宛先を打ち込んだが、枠が出来てしまう。

 この枠を消すためにだいぶ時間がかかった。

 裏面は、応募する川柳5首が書ける様にして、下の方に自分の氏名などを書く。

 一層のこと、この葉書の裏面で保存しようかと考えた。

 応募する日も決めておきたい。

 毎月一日にしよう。それまで5首出来てなければ来月というゆるいルールにした。あり過ぎると複数枚か?いや、一月一枚で、葉書が無くなったら終了する。まあ、2年は、持ちそうだ。

■「沈黙と爆弾」(吉良信吾著、小学館、2026年)を読む。

「マスコミにベラベラと情報を流したバカがいるようです。」

「自主退職勧告という名の強制退職~」

「何のことはない。もしもの時の捨て駒になっただけのことだ。」

「警察では自分の所属する警察署のことを会社と言う。」

「仕事は楽しいか楽しくないかで決めるものではないだろう」

「己の勘は大切にしろよ。」

「享年七十一歳。医者の診断はまさかの老衰だった。病は気からと言うだけあって、生きる希望を失うと人は一気に老け込んで亡くなってしまうことがあるそうだ。」

「スズメバチの巣にはハチミツはないんだよ」

 

昔の記憶をたどる(2)

■昔の記憶をたどる(2)

                                                                        (続き)

 ホテルの朝食は良かった。お代わり自由と言われてももうそんなに食べられなくなっている。

 コーヒーカップが1個しか付いていなかったのでコーンスープ用にしてコーヒーは飲まなかった。気に入ったのでここを、定宿に認定する。

 今日は、二十代のころ一番長く住んでいた二子玉川(通称、にこたま)を回る。

 その前に、自由が丘で途中下車する。そんなに頻繁には来てなかったが、駅前の店で買ったヘアーブラシが今も現役で毎日お世話になっている。

 当時の名残りはあったが別の店になっていた。

 三十分ほど散策して二子玉川へ向かう。駅前に着いた途端、なんじゃこりゃの世界である。

 自分が住んでいた時はショッピングセンターが出来たばかりであった。5階にあった紀伊國屋書店には毎日通っていたので本の位置はほとんど覚えてしまった。

 忘れてはならないのが、喫茶店である。ショッピングセンターの横にあり、日替わりコーヒーを出していた。自分がストレートコーヒーを知ったキッカケがこの店であった。

 今は大きなビルディングに変わっていた。

 さぁ、住んでいたところへ向かおうとするが、あまりにも変わり過ぎて進めない。思い出すのは、近くに銭湯、町中華、角に餅屋さんがあった通りである。

 いろいろ回っていると懐かし場所に来た。

 並べてあった赤飯のおにぎりを2個買ったが、地元の半分の薄さでびっくりしたことなど思い出す。

 ここから、直ぐに住んでいた場所があるはずであったが、大きく様変わりしていた。

 陽射しが出て来た。こちらの方は、あまり帽子をかぶらないようだ。まぁ、発展したとて田舎に違いなく店の中をコオロギが歩いていた。

 紀伊國屋書店は、健在であった。これまで全廃だったので妙に嬉しかったね。

 次は用賀の予定であったが、だいぶ前によく行っていたスナックが無くなっているのが分かっていたのでパスする。

 さて、新玉川線で渋谷へと考えていたが見当たらない。住んでいたころは新玉川線が出来たばかりでさかんに渋谷までの時間短縮を謳っていた。今はスカイツリーぐらいまで延伸され名前が田園都市線になった。昔からある田園都市線はどうなったのだろう。

 渋谷は、年がら年中工事中である。高いビルができたので登ろうとした。何かの本でバカと田舎者は高いところに登りたがるらしい。自分は、両方当てはまる。ところが、チケットが三千円と聞いてパスする。

 ハチ公前には、写真待ちの列が出来ている。

 よく紹介されるスクランブル交差点も撮っておこう。

 続いて、原宿の弾き語り喫茶店を探す。確か、電車賃節約のため渋谷からは歩いていた。今は、一駅でも電車である。  

 表参道沿いだったので記憶を頼りに歩く。明治通りまで来てしまったので、やはり無くなっていたか、別の店になったようだ。この頃の暇つぶしの一つであった。

 まぁこれで予定は終える。ちょうど昼時なのでレストランに入ると店員が待っていて現金は使えませんと入場を制する。SUICAは大丈夫だったので入れた。次は、QRコードからスマホで注文と言われた。スマホで読み込めたが進まないので口頭注文になった。サラダが欲しかったのでセットメニューにしたが、ドリンクは水にした。砂糖の取りすぎは身体に悪い。

 これで帰路に着く。

 いい旅であった。歩数は二日で3万歩を超えているが、ハートフルポイントは増えていない。昔よりエスカレータが多かったようだ。というか、エスカレータを選んでいた。日射しはあり真夏日と報じていたが、日陰は気持ちよかった。

 たまには、日常を離れて旅をするのもいい。たくさん歩くためには山のなかより都会がいいと思う。少なくともトイレの心配は少ない。

 最後に自分のご褒美である。車内販売でアイスクリームを買った。ものすごく美味しいことは知っていた。ちょうど糖分が不足しているという自覚があったので良質の糖分を摂る。

 定宿も決めたことだし、もう何回かやってみたい。次もテーマを設けて取り組もうかと考えている。

昔の記憶をたどる(1)

■昔の記憶をたどる(1)

 20代の時に住んだり働いていた場所を50年経って見てみたいと考えていた。

 思い付いてから実行まで数年掛かっているかも知れない。

 登山用に準備してあった予算が少し残っているのでこれを東京行きに充てる事にした。

 東京駅周辺には、会社が借りていた一部屋の事務所があった。なぜ今でも覚えているかというと丸の内にあるのに丸の内八重州ビルという名前の建物だったので覚えている。

 通勤は、丸の内南口から関東中央郵便局前を闊歩した。

 まず、関東中央郵便局の大きな文字看板がなく小さく東京中央郵便局となっていた。

 次に記憶だけでビルを探す。こういう時に邪魔なのはスマホなのでリュックにしまう。

 ところどころに立っている住宅地図を頼りに探すも見つからない。しかし、記憶に近いビルがあった。名称も変わり一階にテナントが入っている。

 市街地図でも撮っておこう。

 まあこれでいい。深追いはしない。

 続いて八重州ブックセンターへ向かう。この本屋ではいろいろ買っていた。丸の内側から八重州側への自由連絡通路を使い記憶を頼りに南口方面に向かう。

 地図には、はっきりと書いてあった。

 しかし、その場所は工事中であった。工事が終ったらビルの中に入るかも知れない。次回に持ち越しである。

 続いて新橋である。ここへはガード下の安い店にアタッシュケースなどを買いに来ていた。

  システムエンジニアをしていたのでアタッシュケースは必需品で3個は買ったようだ。

 新橋駅に着いて驚いたね。展示してあるSLの場所が移動していた。ガード下の安い店は、別の店に変わっていた。

 続いて、田町である。田町は、三田方面と芝浦方面に分かれる。東京で働く最初の住まいが三田方面であった。

 森永ビルが無くなっている。工事中なので建て替えかも知れない。朝は借家を出て田町駅前の森永ラブでモーニングセットを頼み、始業30分前に店を出て芝浦方面にあった職場に通っていた。森永ラブは、途中でマクドナルドに変わり今は別の店になっていた。

 食べるものも当時の食事でと考えていた。朝はモーニングセット、昼は職場の弁当と覚えているが、夕飯の記憶が薄い。今と同じでお金が無かったので、毎日袋ラーメンとフランスパン三分の一が多かったという記憶が一番強い。

 駅の前で露店を開いており名刺入れを買った。もちろん合皮である。この名刺入れは、今でも現役である。

 芝浦方面に向かうも記憶がほとんどない。そんな中で芝浦工大の前を通って橋を右折した記憶があり、向かうも大学はなかった。しかし、跡地の看板があり、この道だと確信した。

 橋を右折したが職場があったビルの場所は大きな駐車場になっていた。昼休みに道路でキャッチボールをしていたのでこれくらいの幅の道路だったようだ。もしかしたら、もう一つ奥の橋だったかも知れないが戻る事にした。

 次は高輪ゲートウェイ駅である。新しく出来た駅なのでここで降りる。

 大きなテーマパークのようだ。

 ここでコーヒーショップへ入るものの地元で390円が400円であった。店内は混んでいたのでテラス席で休む。

 このコーヒーショップは、駅の中に作られているので日射しは防げて雨も掛からないので半分は屋外である。

 解放感抜群でときおりいい風が吹いてくれて寝落ちしてしまった。

 しかし、構内放送がひっきりなしに鳴り響きうるさかった。

 宿泊場所にネット予約した時刻にはだいぶ早かったが、先にホテルでチェックインすることにした。

 しかし、なんと予約がされてないとのこと。自分は、後から電話でも確認しているのである。引き落としがされていないことを確認し、当日予約をする。これからは、この手だなぁ。

                (続く)

ちんどん

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■ちんどん

 コーヒーを飲んでいると、急に通りが騒がしくなり、笛や太鼓の音、いや、クラリネットやサックスや小太鼓の音が大きくなる。

 今日は、全日本ちんどんコンクールであった。天気は、いいものの人混みが苦手なので会場へは行かない。

 ここで思い出したことがある。数少ない父親との思い出である。

 父親は、今自分が罹患しているのと同じ病気のため33歳で亡くなった。

 自分が小学5年の3月20日である。もう少しで6年生であった。

 当時のちんどんは、規模が大きく、目抜き通りの両側に人の垣根ができた。

 父親は、自分たち子供のために、見やすい場所を確保しようと何時間も前からから自転車にゴザを積んで待機してくれていた。

 そして、何も言わずに一緒に眺めていた。

 最近までコロナの影響で開催されなかったけれど、毎年この時期になると開催され、それに伴い父親のことも思いだす事だろう。

■「物が全てを教えてくれる」(伊多波 碧著、徳間書店、2026年)を読む。

「ただ学びたい。」

「慎重な人のほうが実験には向いているんだよ。」

「終わりは始まり。」

「ただ座って本を読んでいただけなのに、自分でも驚くほどお腹が空いていた。」

「あれも。これも知らない。」

「英書を読んで眠気に負けそうになると、手の甲にある合谷のツボを押す。」

「悩みがあるときは歩くことにしている。」

「道端に咲く季節の草花を見るたび、自然の不思議を感じる。」

「自分の邪魔をするものには近寄らず、上手に逃げればいい。」

「基本は自炊で、後は風呂に入って寝るだけ。」

「蕎麦が高血圧の治療に効くことは、薬学の世界では広く知られている。」

「天気のいい日は、日よけの帽子をかぶって散歩にいく。」