■洞杉
五月の薫風を受けて少し歩きたいと、くさのさんと相談していたところ、洞杉(どうすぎ)はどうかということなり、向かった。
自分は初めてではないが、駐車場からかなり歩かなければならなかったことを思い出していた。この時は1kmほどだったかと思っていたのであるが・・・・。
魚津市と遠いので、先にススタケを採り、昼食後向かうことにした。
ススタケは約20本と少しにした。処理が大変なので、細いのはスルーして太く短いのだけを選んで取る。
魚津市でランチである。場所が分からないので大型ショッピングセンター内の店にした。なかなか良かったね。

ここから歩くのであるが、なんと2.5kmの距離であった。これは堪えたね。

イワカガミかコイワカガミが咲いている。標高は高いのだろう。

やっと到着したが、既に回る力は残っておらず、ベンチで仰向けになる。
くさのさんは一人で周回コースを回る。

雨もポツポツと降ってきたので、下りはスピードが上がる。
帰宅後、ススタケを処理する。炊き込みご飯用、天ぷら用、煮物用に三分する。
炊き込みご飯には、ぎんなんも入れた。

匂いがいいね。塩しか入れていないものの、家族はおいしく食べてくれた。
■「死」(新山喜嗣著、春秋社、2022年)を読む。
「現代の日本人は世界の中にあって、もっとも自分の死を受容できなくなった国民なのかもしれません。」
「~現代の日本人のほとんどが、自分の死を受容する準備がほとんどできていないまま、日々の生活を送っているものと思われます。」
「死もまた偶然である。」
「~ヒトは、人体を構成する六十兆の細胞のうちから、その約二百分の一の三千億個の細胞を一日に廃棄し、それを補充するために毎日ほぼ同数の細胞が生産されている。」
「~一個の細胞が分裂をすることができる回数は脊椎動物では生物種ごとにあらかじめ決まっており、その回数を過ぎると細胞は分裂を終了してしまうからである。これがヘイフリック限界である。」
「~ヘリック限界の五十~六十回の細胞分裂をし終えるまでの時間が先述ののように約百二十年なのである。」
「はじめ生物に死はなかった」
「その結果、DNAの中には細胞に死をもたらす“死の遺伝子”があらかじめ組み込まれていることがわかった。」
「ヒトでは身体じゅうで毎日五千個に及ぶガン細胞が新たに発生している~」
「細胞の核内にあるDNAは紫外線、宇宙船、活性酸素などにより、絶えず損傷を受ける危険にさらされている。」
「人間の生物としての自然な命の持続時間は、三十年程度であると考えられるのである。」
「~どの哺乳類も一生のうちの拍動数は約十五億回なのである。」
「~ガン細胞もテロメラーゼを持つため永久に細胞分裂を繰り返す。」
「生物個体は、DNAが自らのコピーを残すために一時的に作り上げた“乗り物”に過ぎない」
「~脳は全身の臓器の中でもっとも低酸素に脆弱である。」
「~臨死の場面での身体の各臓器における死は、長さは一様ではないがゆっくりとしいた経緯をたどる。」
「人間は常に死に向かう存在である」
「死が現実のものになったときには自分はいないのであるから、死は恐れるぬ足りない」
「~呼吸機能の低下に起因する動脈血の低酸素状態、循環機能の低下に起因する動脈血の緩流不全~普通の精神活動の前提となる一定の意識水準が保てなくなる~」
「~自身の死を自覚的に認識することは困難であると考えるのが自然な解釈であるように思われる。」
「~身体を作っていた分子や原子は、それ自体としては不滅であって、地球上、もしくは、宇宙にばら撒かれることになる。」
「~われわれは現実にこの世界に一度でも生きたからこそ、死後も特異点として存在しうるのである。」