少し頑張って書いた

■「ふるさとのなりわい物語」(遠藤直孝著、水山産業、2010年)を読む。
 自分は半世紀以上も生きているが、地元の産業の生い立ちについて、初めて知ることが多かった。この意味において、この本は、著者の言う「なりわい」を風化させてはならないという意思を強く感じた内容であった。いみじくも、著者の母親は小学校の時の先生であり、当時は作家デビュー前であった。私は、著者の母親が小学生の私たちに対して、小説を書いていることと、大変な作業であることを話されていたことを半世紀たっても記憶に残っている。
 この本は全体で5つの話で構成されている。地元の産業に携わって来られた方々へのインタビューを通してまとめられている。しかし、それぞれの話の中ではいろいろな局面が描かれており、読む者にとっては現在考えている心の中身が映し出される鏡のような存在になっている。
 「売薬さん」では、ネットビジネスが新しい収益源として盛り上がりを見せる中、商売の基本は、お互い顔を突き合わせ、時には世間話や冗談などを交えながら交渉するものではないか、というテーゼを与える。また、仕事には関係がなくてもお客様の悩みに真面目に取り組むことは、煮干の手配に例を引いて、それが信頼関係へと発展し、商売の方も成功に導かれるという教訓を示している。
 「銅器職人」では、手抜き作業の持つ恐ろしさ、部下の責任にしない上司の態度、事前段取りの大切さや大変さ、他人の成功へのねたみなどについて考えさせられた。
 「和紙すき」では、従業員と経営者の関係がよく描かれていた。恩に報いようと新しい会社から高い待遇で誘われたときに断ったことが今のドライな世の中に対して風刺しているような感じがする。基本は人と人とのつながりということを再認識させられた。
 「猟師」は、個人的に一番興味があった。それは、自分は山で熊と鉢合わせした経験があるためである。父親の敵と思って撃った熊が実は違う熊であった、という件は目的を求めて突き進んで行くことが全て自己実現には結びつかないのだという教訓を与えてくれている。また、このテーマは子供は親の後ろ姿を見て育つという昔からの言い伝えを語っているようにも受け取れた。
 「漁師」では、半人前で十分な働きができていない者にも分け前が与えられることを通して、同じ船に命を掛けて乗った仲間としての考え方に称賛を贈りたい。とかく、自分の成果を強調し、他人の成果を自分の成果のように主張しなければならない現代社会において、私の感性は一定の警告を与えてくれているような気がした。
 この本の内容は、古いものが見向きもされず、新しいものがもてはやされている現代社会に於いて、もっと基本に戻って考えようという人間の生き方を問うた良書といえるのではないか。