社員のむなしさ

■「得する生き方損する生き方」(渡部昇一著、三笠書房、1999年)を読む。
 この歳でハウツー物を読むとは思わなかった。幸田露伴の修生論でなければ手に取っていなかっただろう。
「驕りたかぶることを抑える気持ちは、ひいては、幸運を呼ぶのである。」
ストア派の哲学というのは、要するに自分の意思を最終的に重んじることであって〜」
「たとえば雇い主は何時まで寝ていてもさしつかえないはずだが、そこを早起きして従業員よりも早めに出社する。」
「『貧乏』や『苦労』は〜『絶対必要なことなんだ』」
「人が人に対して軽々しく犠牲を要求したこと、それこそが悲劇のもとになった」
「真摯で敬虔な、正直で謙虚な、そして心の奥底に勇猛精進の精神を抱いているものは、必ず恐れの心があるはず」
「基本を忘れた一所懸命は始末が悪い」
「論によりかからないで〜実践の積み重ねをすること」
「金や物が自分の思い通りにならないことを『貧』といい、体が思い通りに動かないことを『窮』という。」
「まず第一に、貧窮は人間を鍛える。第二に、貧窮は友を洗う。第三に貧窮は『真』を悟らせる。第四に、貧窮は人間を養う。」
「世界の文明は、すべて貧窮者が貢献したものである」
「悲観というものは、人間が少しずつ進歩発展していくために自然発生する高貴な感情なのである。」
「けっして他人を自分のために犠牲にすることをしなかった〜」
「壮年から老年にいたり、死の接近を自覚できる人達は、青少年時代にむだに過ごした時間を追憶してそれを惜しみ悲しむのである。」
「他の知識に卓越しているのが、すなわち優秀なる知識である。」
「憐れむべきは低レベルの感情に身をゆだねて、自らを善しと満足している無知な輩である。」
「たとえば砂糖屋の前を自動車で通り抜けただけでは、その甘さを実感できないだろう。」
「新イコール良、という非論理的なことは〜本来は成り立たない道理である。」
「ぜいたくは文明ではない。」
「胃に苦労をかけずに食物を消化して、そして胃の能力を日に日に衰えさせ、手足をなるたけ使わないような仕事や運動をして、その手足の能力を日に日に減衰させている。」
「短時間で巨利をつかもうとする彼らの思想は、事業者としては最低級のものである。」
「通貨と花火は、放つときだけ耀く」
「事業を急拡大した場合には、反対に大きな落とし穴が待ち構えている」
「人間に『向上心』がなくなったら、それでお終いである。」

■社員のむなしさ
ある記事からの抜粋である。
「今後3年以内に上場して現在の関東圏での施設展開を一気に全国へ広げたいと社長の鼻息は荒く、そのためにも離職率の高さは企業の評価を下げかねず早期に改善したいのだとの強い意気込みが伝わってきました。高い離職率の根本原因は判然としないものの、私はとりあえず職員の職場環境改善策として、現場訪問で気になった臭いの対策をしてあげて欲しいと社長に進言しました。すると社長は驚くべき言葉を返してきたのです。
「そんな話に私は興味ない。私がして欲しいのは、カネのかかる話ではなく、カネが儲かる話。離職率を下げたいのも、無駄な募集コストをかけたくないから、企業評価を下げて上場時の株価を下げたくないから、だと分かりませんか。企業は儲けてナンボです。コンサルタントさんもしっかりその点を理解しないと仕事になりませんよ」
驚きました。初対面の私にここまで言うかと思うモノ言い。ハッキリ分かったことは、B社社長のビジョンは「カネ儲け」一色だったということ。カネがかかることなら職場環境の改善すらしたくない、こんな社長の下では、一般企業の社員以上に熱い使命感に燃え働いている介護士の人たちですら、確実にやる気を失わせられていたのです。離職率で二極化している介護ビジネス界における、高離職率企業経営者の一端を垣間見た気がしました。
ここまで露骨に「カネ儲け第一」を口にする経営者は少ないのかもしれませんが、明確な「ビジョン」を持たない経営者は、結果的に「カネ儲け」が自社の目指すところであるかのようになってしまいがちです。このことが、ふとしたきっかけで社員の心が会社から離れていく原因にもなるのです。自社のトップがこれといったビジョンがなく、「もしかして、おカネのためだけに会社を経営しているのか」と感じさせられたなら、社員が自分の仕事が虚しいものに思えてしまうことは普通に起こり得ることなのです。
私は社長面談を早々に切り上げ、その後B社を訪問することはありませんでした。B社が上場できるかどうかは分かりませんが、今後も同社の離職率が下がらないことだけは間違いないでしょう。」