■コスモス
知人のTさんから、スキー場に植えてあるコスモスを見に行こうとお誘いが有った。これまでも、親父登山やら大人の遠足やらと連れて行ってもらっていた。とかく、無彩色になりがちの老後の生活に色を付けてくれていた。
会場がスキー場なので、当然ながら坂道を歩くことになる。
やはりしんどい。そして、情けない。
パルスオキシメーターを持参しているので、測定すると■■しかない。また、寿命が縮んだような気になった。
続いて、変わった本屋さんである。喫茶店も併設されている。民家を改造したようだ。NAVIがないと来れないだろう。窓越しに絵画のような景色が見れる。そのうち、心が浄化されてくる。
■「終活中毒」(秋吉理香子著、実業之日本社、2022年)を読む。
「―――ところで君は、いったいいつ死んでくれるんだい?」
「そしてーー余命宣告済み。」
「余命というのは、本来なら神の領域ですからね。」
「価値のあったものが、いつの間にかゴミになった。」
「大掛かりなリフォームをするには、徹底的な不要品の処分が必要となる。」
「処分とは結局、家族の歴史を削ぎ落としていく作業だ。」
「災害とか非常時のために固定電話は残しとかないと」
「ご病気が判明してからは、あっという間でした」
「それでも病には勝てなかった。」
「~配信されていなければ存在していないことと同じことなのだ。」
「~とある内臓がほとんど機能していないと告げられて~」
「過酷な検査結果を受け止めきれず~」
「普段ケチってケチって、ケチりまくって、電車すらほとんど乗らずに歩いて移動する~」
「交通費を浮かすために、最寄り駅からバスにも乗らんと三時間歩いたりもした。」