■退院
7月上旬に入院した。そして、8月下旬に退院である。一般的に退院と聞くと、病気が治ったためと考えるのが普通であろう。
しかしながら、自分の退院は、これとは異なる。入院して病院で行う治療が無くなったため退院となるのである。
今後は、外来による治療に変わるだけである。
つまり、症状は治まっておらず病棟か自室かの違いに過ぎない。
退院して改めて自覚したことがある。一言で表わせば、今まで普通のこととして気にもせず出来ていたことが、やりにくくなったということである。
たくさんあるが、一例を挙げる。
満足に歩けないことに気が付いた。
歩く速度に愕然とした。図書館の前の横断歩道を渡る時、信号が青になると、小鳥の声を模した音が流れる。ピヨ、ピヨとか、カッコウ、カッコウである。
どのくらい、遅いかというと、信号が青に変わったと同時に、横断歩道を歩き出すが、小鳥の音が鳴り止んでも、渡り切れず、横断歩道の上にいるという状態である。
さらに、階段は地獄のようだ。病院から貰った資料だと、自宅では一階で過ごすことが推奨されている。
しかしながら、働きもせず、貢献度の低い自分のために、提供可能な部屋は無く、二階の自室で過ごすことになる。階段の登り下りにヘトヘトになっている。手すりを付けて置いたのが、せめてもの救いになっている。
退院後の生活を第三の人生だと粋がっていたが、早々と訂正を強いられた。つまり、■■という言葉が当てはまるようだ。
■■の正しい意味は、知らないが、自分なりに解釈すると、もう十分に生き切ったので、死ぬまでの時間は、ゆっくり過ごしたらどうか、と考えている。まあ、平たく言えば、いつ死んでもいい生活を送ることであろうか。
しかし、今回の入院が突然であったため、やらなければならないことが次、次に思い出される。この中で、優先順位付けをしながら対応している。
退院後、比較的優先順位が高いのは、お見舞いに来てくださった方へのお返しである。4名の方からお見舞いを頂いた。
特に、知人のTさんは、真っ先に来てくれた、くさのさんは、何回となく来てくださった。
知人のTさんとは、ランチをご一緒頂いた。
くさのさんとも、ランチをご一緒頂いた。
■「鍼と禅」(横田観風著、春秋社、2019年)を読む。
「私の場合は禅でしたが、雑念や煩悩・妄想を減らし、心を澄ませる何らかの行を修し続けることで、より充分に“観の目”を開くことができるのだと思います。」
「~どんな食物であれ、食べ慣れたものが体内に入ると、各人の体内に特有な消化酵素が存在し、それによって生命に必要な物質に変える~」
「発汗にはとくに二つの大切なはたらきがあると思っています。一つは発汗することにより体表面近くの温度を下げること。もう一つは体液の入れ換えをすることです。」
「~私自身は心臓を病み、西洋医学では埒が明かず、縁あって東洋医学に会い~」
「病は生きている」
「~“病気”という固定されたものなどなく、病的な“状態”だけがあるのだ!」
「病は因縁病である」
「~すでに充分手を尽くしたが、これ以上手の尽くしようがない~」
「~深い呼吸をすることこそ一番大事な養生法なのです。」
「~肉体の死を受け入れる覚悟をしながら、一日一日を精一杯、悔いのないように生きることで、たまに一瞬不安になっても、かなり心安らかに生きれるようになったのでした。」
「~“坐禅すると何かの足しになるのですか?”~“何の足しにもなりゃせん!”~」
「~禅をやっている者が、いちいち患者に聞かなきゃ分からんようじゃダメじゃろ!~」
「さて、今後どう生きたものか?」
「そしてその天地宇宙の法則性を生み出す、目に見えないが万物を変化流動させる不可思議なエネルギー的なものを“気”と名付け、鍼を介して、その“気”を感じながら治療するのです。」
「病気は、有って無く、無くて有る」
「絶対的安心とは、死しても安心、病気になっても安心、事業がうまくいかなかうても安心、頭で考えても安心、体で考えても安心~」
「万物は常に流転するのです。」