ふれあい

■ふれあい
 ♪♪悲しみに 出会うたび〜ではないが、関東方面の大学に通っている子供2名が帰省して久しぶりに家族がそろった。
 家人が仕事なので、たまには富山のいいところに連れて行こうと決めた。
 呉羽山の上にある喫茶店から富山市内を一望する。

 大学の卒論用に取材するというので施設に連れて行く。名刺入れもブレゼントする。
 自分が働いておれば、もっと上等の品を送りたかったが、なんせ引退した身であるので勘弁である。
 いっしょに呉羽山を散策する。トビがいる。オニヤンマやモンキアゲハも飛んでいる。ルリシジミもいた。(ヤマトシジミではないと判断)

 夕方は、いっしょに家人を迎えに行く。富山の魚を食べたいというので、4人で回転寿司へ行く。寿司といえば夕方スーパーで半額になっているのが多かったが、久しぶりで堪能した。昔と違ってあまり食べれなくなった。

■「路地裏人生論」(平川克美著、朝日新聞出版、2015年)を読む。
「〜非効率なものが、人間の生活の根底を支えていたのではないか。」
「少年が憧れていたものは、文化的で知性と教養にあふれた生活であった。」
「〜強くなければ優しくなれない〜」
「臆病もまた力になるうる。」
「還暦を過ぎた三人は、歴史を遡るように、定期的に町歩きをしているのである。」
「沈黙はときに雄弁な言葉となる。」
「サムシング・フォー・ナッシング」
「しかし、先人が築き、わたしたちが世話になってきたものを、踏み倒して前進する権利は、わたしたちには与えられていないと思う。」
「しかし、ひとつの偶然に出会うためには、四十年間の孤独で具体的な努力が必要だった。」
「世の中には変えてはならないものがある。」
「人生の冬至に向かい、誰もが長い坂道を下って行く。」