秋晴れ

■秋晴れ

 今日は予定がない。というか、庭仕事を入れていたが休日に他人の家に伺うのはやはり非常識であろう。家人を送っていきながら、何をしようかと考えていた。昔なら、山へ行っていたかもしれないが、どうもその気が起きない。そこで、樹の実を拾うことにした。ターゲットは、桐、どんぐりなどである。一年を通して今の時期しか採れない。

 栃の実は機会が過ぎてしまったので、どんぐりにする。幸い、近くの公園にマテバシイがあり、大量に落ちていた。10分も拾えば小袋一杯になる。殻斗付もあった。そして、クラフトで使う桐の大木が近くの無人の家の庭にあるので、様子を見に行ったら、まだ青い状態である。来月まで間に合うのかどうか心配である。代替え案も模索する。帰ろうとしたら、何とシロヤマブキが成っているではないか。これはラッキーである。100個ほども採ったろうか。シロヤマブキの種は動物の目玉には欠かせない。

 秋晴れである。少し日差しが強めである。休息を兼ねて、セカンドオフィスへ向かう。結構混んでいると思っていたら今日は日曜日であった。電源席には座れずに普通の席に座り、森林インストラクター協会からの会報を読む。今年の森林・林業白書には森林インストラクターのことが書かれているということを京都で聞いていたが、会報に特集してあった。白書も読まなければならない。買えば2200円もするので、図書館かホームページでの閲覧になろうか。

 しばらくすると、電源席が空いたので移る。

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 今日は、このままゆっくりしようと思う。まだ10時前であるが、煩わしいのは昼飯である。いっそのこと抜こうかとも思うがなかなかその勇気は出ない。15時に布団の取り込みをしなかればならず遠出は出来ない。こういう時は、季節の食材を使って作るに限ると思うが、何がいいか。まったく、世のお母さん方の努力には頭が下がる。毎日だもんねえ。先日、知人にいただいたカモリはひき肉と混じって美味しくいただいたばかりである。

 消費税が上がるということだ。あまり物欲もないので「ふ~ん」という感じになっている。来年の6月だったか?まで、食費が上がらないのならまあいいか。トイレットペーパーや洗剤などの買いだめなんかもしない予定である。なんか、生活防衛というよりもみすぼらしく思ってしまう。これを機に一日二食に変えることができれば・・・、などと考えている。だから、どやちゃ!の範囲であるが・・・・。

 昼は久しぶりで中華料理を食べたくなった。食欲があるということは、健康な証拠なのだろう。まあ、食欲の秋ともいうが。帰り途中で中華料理屋さんを覗くが、こんなんで800円か!というのが多いので、自分で作ることにした。暑い日には辛い麻婆豆腐にしようとスーパーへ食材を買いに向かう。ルーに辛口がなかったので中辛にした。豆腐とひき肉とルーと野菜サラダが今日のお昼である。

 豆腐は切った後に湯通しをする。ひき肉は、通常の倍ほど入れる。

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 感動の味ではなかったが、兎に角食べることが出来た。肉の多いのも考えモノである。食後、少し昼寝をしたら家人を迎えに行く時刻になっていた。

■「みんな、忙しすぎませんかね?」(釈 徹宗・笑い飯・哲夫著、大和書房、2019年)を読む。

「自分のしたことと、しなかったことだけ見る」

「~睡眠による無意識こそ一番の欲望~」

「独生独死独去独楽」

「この世界が良いところであるなら未練はないが、苦しみの世界だからこそ戻って来る」

「生きることは、すなわち苦悩である」

「われわれの人生は苦しいことがデフォルトである」

「君子は和して同せず。小人は同じて和せず」

「つきつめれば、人は独りで生きて、独りで死んでいかなければならない」

「この大宇宙の世界には、見えない法則がある。そこには人間を超える存在や意思が働いている」

「基本的には私たちはいつも逃げているんですよね。」

「無意識に逃げたりごまかしたりすることで“自分というものを守る”メカニズム」

「~ストレスの影響で食べ過ぎてしまう」