無題

■無題

 今日も仕事である。アラームを5時にセットしていたが、目覚めたのが4時58分であった。さっそく、朝食である。昨日、家人がうまいもん何とかで買って来た焼肉弁当がある。こんな贅沢なものを食べてもいいのかね。国産牛となっている。レンジでチンして熱々を頬張った。しかし、量が多すぎる。もう一人前は食べられないようだ。用心のため胃薬も飲む。

 昼のおにぎり弁当を作る。これも家人がロースハムを買ってきたので、それを3枚持って行くことにした。

 ルーチンをこなす。120円のコーヒーを買ってから職場へ向かう。窓を全開にしたが風が弱く涼しさには程遠かったが、たまに風が通ると目を瞑ってしまう。いつも、一番に来ていた同僚の方が昨日辞めたので、シャッターは時間ギリギリまで開かないと考えていたが、7時過ぎに開いたのには驚いた。

 今日も昨日と同じで、通称筋トレ作業後に、投入工程である。入荷量は少ないと考えていたが、筋トレ作業を離れてからどんどん入荷したらしく、ラインは12時まで稼働した。

 午後からは、2ラインを止めて稼働させた。自分は投入工程であったが、午前中とは違うラインであった。それでも、15時前には終了した。

 日課をこなす。水代わりに梨を4切れほおばってから、作業服などを洗濯し、シャワーを浴びる。その後、なごなってからフォレストの準備作業を行う。最近になってノコギリ作業がスムーズである。これは腕の筋力が付いたような気がした。

 足腰は山を歩けば現状維持はたやすいが、上半身が鍛えられない。特に、腕と握力である。

 このため、この仕事を選んだのであるが、やっと目的が達せられたようだ。これを毎年継続していけば老化速度も遅くなるやも知れない。しかし、昨年のようにダンボール入ればかりの年もあるので、筋トレ作業適任者としてアピールできたらいいね。

 家庭菜園のナスは、家人曰く「シネ」という状態らしく、捨てられ!というので、そんな訳にはいかないと、全部もいで、味噌田楽にして平らげた。確かに、硬く、苦い。味噌田楽も自己流で、赤だしと砂糖と水だけである。おいしく食べることが出来たね。

 トマトは、ジャングルのようになっており、水をやる時に、下の方で赤くなっているのが見つかったのでその場で頂いた。まだまだ、沢山実が付いている。これは、おやつにしよう。ピーマンも数個食べごろが実を付けており、調理方法を模索中である。

■「いつもだれかが見ている」(大竹昭子著、亜紀書房、2022年)を読む。

「意識がなくなっても聴覚だけは残ると人から聞いて~」

「明けない夜はなくて必ず朝が巡ってくるとしても、その朝が希望の象徴になるとは限らない。」

「一日がまたたく間に過ぎ、今日と昨日のちがいが曖昧になっている。」

「近ごろ、夢を見なくなっており、見たとしても起きたときにはすっかり忘れているから~」

「~ランチ抜きでがんばったがだめだった。」

「約束より前に来て時間きっかりに訪問する~」

「隙のある状態の自分を人前にさらすのがいやなのだ。」

「毎日、朝と夕方にふたりで散歩に出かける。」,

「万歩計というけれど、一日一万歩は歩きすぎで、疲れてかえって免疫力が落ちる。」

「~雰囲気のために金を払うようなものだ~」

「旅先で若い人を眺めていると、自分もその人と同じ歳になったように錯覚することがある。」

「~卒業してすぐに就職するなんてつまらない~」

「~本人が鏡を見て、知らない人が映っていると思った~」

「お金の苦労がないことと引き換えに人間関係に苦しむことも多いだろうか。」