下見等

■下見等

 今日は珍しく予定がある。フォレストの森の寺子屋で予定されている門松について竹伐採の下見を頼んであった。

 朝一は、車でセカンドオフィスに向かい、モーニングサービスを頼んだ。

 少し早いが現場へ出かける。ついでに散策をしよう。

 いい天気だね。まだ、時間があるので、栗を拾いに向かう。

 今回は、山栗である。腐っているような気もする。

 NPOの方が見えられて、山の手入れをされる。そこへ、がせろて、自分が使えそうな竹を切るのである。

 今回の下見の目的は沢山ある。

 1.伐採場所

 2.伐採から玉切りまでの方法

 3.運搬方法

 4.一本の竹から何本取れるか

 今までの真竹と違って孟宗竹にしたので大変である。幸い、竹は大量にあり、どこを切ってもいいと許可を得ている。

 こういう場所を手入れされている。

 だいたい分かったので、帰宅後洗浄して玉切りする。

 まだ時間があるので、来月の小学校の準備作業を行う。小枝のボールペンである。穴をあけるのに時間がかかったね。写真を撮り忘れている。

 夕方近くになったが、公園に木の実を拾いに向かう。一年を通して今しか採れないので優先される。自分は、汚いのは採らず、落ちたてのようなきれいな実を選んで採っている。

 これを、水洗いしてトレイに並べて乾燥させる。本当は、中に虫が入っているので、冷凍か煮沸するのが定石であるが、お金がかかるので、水洗いだけにする。

 また、複数のドングリが混じっているが、これを種類ごとに分ける意味はあまりないと考えているので、混ぜて提供するつもりである。

■「水曜日は働かない」(宇野常寛著、集英社、2022年)を読む。(その2)

「~死ぬまでの間に一食たりとて無駄にしたくない。」

「死ぬことの唯一の利点は、二度と人に会わずに済むことです」

「~総合的には日本は平和なのだな~」

「~自分の足で走ることを考えている。」

「フリーダムファイター(自由の戦士)ですね」

「~自身では劣勢であると感じている部分を個性として愛した。」

「~個性を利用することはあっても、その存在を尊重することはなかった。」

「~あくまで使い捨ての素材としての重宝だった。」

「そして現在――――テレビはどちらかといえば、個を抑圧するための装置になっている。」

「~出演者のSNSに罵詈雑言を送りつける程度の人間にまともな見識があるはずがない。この種の人たちの能力で出演者の多くに“反論”することは不可能だ。」

「~この国のテレビの文化そのものが、多分にこの“いじめ”の快楽の提供によって成り立っている。」

「いま、誰を叩くと安全に自分の株が上がるかを考えて石を投げる。」

「~安易な“発信”を繰り返していくと、どんどんバカになっていく~」