もしかして

■もしかして
 今回はパート1である。流石に脚を中心に全身が気だるい。今日の予定は内科医と銀行へ行くことになっている。車は使えないので徒歩かなあ、と考えながら出る準備をする。内科医は、朝一に行くと機嫌が悪いので駅でゆっくりとくつろぐことにした。
 朝6時半ごろに家を出る。天気がいいので駅までの4kmを歩くつもりでいたが、ちょうど数分後に電車が来る時刻になり、ホームで待つ。
 パン屋さんのモーニングサービスでは、必ずサラダを加える。これに、サンドイッチとヨーグルトに紅茶で十分である。食べ終わってから座席で目を瞑る。ここで、目薬指すのを忘れたことに気が付く。
 最近、物忘れが多くなった。もしかして、アルツハイマーではないのか。詳しく云うと同時に複数の事に集中できない。こっちに集中していると別の事を忘れる。今日は心臓の薬は持って出た。
 余裕を持って内科医へ向かう。診察の結果、通院してから最悪の結果であった。先生は正直者なのか顔に出るので分かりやすい。こっちは、落ち着いている。苦し紛れにもう一か月様子を見ましょうということと、来月の精密検査を指示された。やはり順調に悪化してことは間違いないようだ。帰りに問診票やら注意事項の書かれた書類を渡される。朝食は抜かなければならないようだ。
 次いで、銀行に向かう。横断歩道の真ん中で引き返す。キャッシュカードを忘れたことを思い出した。そのまま、徒歩で帰宅する。
 昼は生ラーメンが一食分残っているので、味噌ラーメンを作る。昨日あく抜きしたワラビも銀杏を野菜と一緒に炒める。ワラビは下味をつけたほうがいいと分かる。

 軽く昼寝をした後、久しぶりにコーヒーショップに入る。デカフェのアイスコーヒーを頼んだが、ホットしかできないというのでアイスティーにする。
 窓から見えるツツジの花が大きい。自分の知っている種類ではなさそうだ。

 夕飯は、タケノコご飯にワラビが入っていた。また、山で採って来なければならない。

■「女と男の品格。」(伊集院 静著、文藝春秋、2017年)を読む。
「時間がクスリという言葉は本当だ。」
「読書が辿り着くところは〜運命の一冊に出逢うことにある〜」
「本を読むかたわらで、きちんと日々を生きてる人にこそ良書との遭遇がある〜」
「ボケたもん勝ちよ」
「〜人が人を救ったり、忠告、助言で、何かが変わるってことは、実はほとんどない〜」
「立派に、正しく、清廉潔白に生きてきた人など、人間じゃない〜」
「家事をやる亭主がどこにいるの?」
「悪党がしぶとく生きるのは、世の中の常識だ〜」
「〜人は人を救ったりできる生きもんじゃない〜」
「〜大病は人に何かを教える〜」
「解決のつかない問題はそっとしておいてやるのが大人のツトメ〜」
「〜言葉というものは人間、国家を成立させる基本だから〜」
「金をあの世に持って行った人は一人もいない〜」
「〜顔も見たことがない相手に、何か自分のことを主張したいという、その根性が卑しいし、くだらんよ。」
「家族は他人のはじまり」
「この世には、人間の力ではどうしようもできないものはヤマほどある〜」
「〜人は老いてからもうひと踏ん張り〜」
「きちんと生きることは、すべて姿勢にあらわれる〜」
「ともかく毎日書く。書きはじめたら最後まで書き切る。」
「銀行に勤める人の大半は、悪魔に魂を売った連中ですよ。」
「どのくらいの時間が残されているか不明だが、毎日を大切にし、治療に専念する。」
「子供が第一、という考えで子育てをしたら、バカで傲慢な人間を作るだけです。」
「人生の大切な時の言葉を、人からの借り物で口にしてはダメ〜」
「一流と呼ばれた人たちは皆早く街に出ていた。」