朝練

■朝練

 昨日は講習会の後、妙に疲れを感じ寝入ってしまった。夕飯は22時過ぎに軽く食べる。今朝は、家人のキッチン作業の音で起こされる。まだ、6時前である。このとき、自分は午前中だけ車を使うと宣言する。

 外は快晴のようである。朝の陽光によって全身の細胞にスイッチが入ったように感じる。久しぶりに朝練をしようと思い立つ。今日は月曜日で出勤ラッシュがあるので7時少し前に出ることにした。用意してくれた朝食を食べ、洗顔をする。最初に髭剃りと決めているが、歯磨きの後に洗顔をしてしまった。やはり、目覚めてないのであろう。顔が乾くまで、しばらく洗面台の前に立ち尽くし、頃合いを見て髭剃りを行う。

 車で数分走ればセカンドオフィスに着く。朝一に着いてコンセントのあるテーブルを確保する必要がある。今日は、いつものテーブルは暗いので窓際にした。しかし、これが大失敗であった。wi-fiが届かないのである。カウンター近くでwi-fiに接続しテーブルに戻ると、まもなく非接続になる。

 直ぐに、いつも見掛ける高齢者が入って来る、ドリンク一個で粘る。この人の特徴は、何回となく駐車してある車と往復することである。テーブルいっぱいに書類を広げて何やら書き物をしている。

 この店には新聞も置いてあるので、それ目当ての人も来るようだ。昨日の防災研修にも新聞社が来ていたので確認したが、掲載されてなかった。

 平日のセカンドオフィスはいい。BGMも良く聞こえる。いつものように、ボーッとしていると邪念が湧いて来るので、それを書き留める。この魂からのメッセージは何かの役に立つこともあったし、無意味なことも多い。そうこうしていると眠くなる。眠いときには眠るのがよろし。

 気が付くと、斜め前方に高齢者がいる。用済みのトレーを二人掛けのテーブルに置いて、隣の4人掛けテーブルで熱心に書き物をしている。つまり一人で6テーブルを占領している。一生懸命にシャープペンシルを動かしている。以前、似たような人がいて、トイレに行く次いでに盗み見たら競馬新聞の分析であった。みんな頑張っているなぁ。心の中で‘’いい人生を送ってますね。‘’と祝福した思い出がある。今日は、この斜め前の人と競り合おうと決め込む。独りの朝練は、直ぐに嫌になるので、こういう人を意識することでモチベーションが保てる。

 帰宅後、昼御飯を食べた後は散歩である。ウォーキングではない。家人は遅すぎて全く効果がないというが、無理はしない。2kmを20分程度スピードがいいようである。汗びっしょりになる気はない。でもいい発見があった。グランドのサンゴジュがツル植物似た覆われて弱っているのか、葉が虫食いだらけになっている。次いで、前の町内会長宅の庭に桑の樹が植わっていた。小学校で説明するための教材になる。今年も変異のある樹を探している。必要なのは、ヒイラギ、カクレミノ、クワである。ヒイラギが見つからない場合は、ヒイラギモクセイで代用する。参考までにアブラチャンとシロモジとカツラが有ればなおいい。

 フォレストリーダー富山1区では自主研修として、剣の大王杉を見に行くことが決まりそうである。まあ、巨木ツアーの第一段である。そして、そろそろ来年の干支用の木の実集めが始まる。前回の全体研修会の時に、素材集めのためのガソリン代ぐらい支援して欲しいと要望しておいた。古い方に聞くと昔は県の車両が使えたこともあったという。担当者が定期的に代わるのでなかなか定着できない。

 

■「いいんだか悪いんだか」(林 真理子著、文藝春秋、2010年)を読む。

「お金を遣っちゃダメという空気~」

「人って、自分にとって都合の悪いことはすぐに忘れるもんよねー。だけど相手はよーく憶えてるよね・・・」

「‘’恥をかくのを怖れるな‘’という思想は、四十歳までだ。」

「一位を守ることは、本当につらく孤独なのだ。」

「人間は死ぬ日に向けて生きていくのだ~」

「ものごとにはいつも終わりがくるのだ」

「そりゃあ、仕事が大変といっても、私など好きなことをしているわけだ。」

「~修行僧のようにストイックな生活をおくっておられる~」