■ランチ会
昨日、知人のTさんからランチのお誘いがあった。そこで、家人と子供の予定を確認すると昨日と同じ行動をとるという。10時に待ち合わせなので、それまで知人のTさんの近くのマックドで過ごすことに決めていた。
起床したのが4時34分であった。天気予報を見ると7時から雨になっているので、朝シャンをしてから6時前に傘を持って出る。最近、クーポンのチラシが入らないことに加え、スマホのクーポンにも朝マックがない。久しぶりでメニューを見て頼む。値段は同じ350円である。すると、セカンドメニューを聞かれる。いつもは、クーポンでポテトのセットなので忘れていた。ヤサイサラダもある。面倒なのでポテトにした。
知人のTさんの予定では、最初は安田城址に行ってハスの花を見るという。その後、ランチである。
着いて見ると、ヒツジグサが咲いていた。よくハスと間違われる。未の時刻の午後2時に開くのが名前の由来である。
あちこち、傘を差して回っているとハスも咲いていた。
自分はコウホネを探していたが、見えず。大体はセットで咲いているのにと残念であった。
花を十分に堪能してからランチ場所に向かう。行列ができる店という。最初は、歩いて向かうという話もあったがこの雨では難しく。有料駐車場の停めて向かう。
カレー屋さんであった。
家庭では味わえない味で満足感があった。
このランチ会は場所を変えながらの定例会になりそうである。
帰宅後、歯医者に向かう。今日は長かったね。でも、三カ月に一度になったので徹底的に清掃されたようだ。今年中は様子見という見解であった。
最近足が痛いので、1万歩を過ぎたらやめることにしている。
■「死者との対話」(石原慎太郎著、文藝春秋、2020年)を読む。
「~老いは死への成育などと人は言いますが、私はそうは思いたくない。」
「人間は誰でも孤りで死ぬんですよ。」
「若者やメディアの使うハヤリらしい奇妙な日本後にも鳥肌が立つ。」
「死ぬということは誰にとっても最後の未知、最後の未来だからね~」
「人生というのは意外なことのつみかさねだね~」
「死ぬとは全くの一人旅だな」
「棺桶に片足つっこんだという表現を笑う者は多かろうがそうした人間には成熟した老後はあり得ない」
「~くだらぬ新聞記事~」
「死ぬのは当たり前、だからその前に好きなことをしとくのも当たり前のことじゃないの」