書店

■書店

 天気予報は雨であった。朝早いうちは曇りなので、この機を逃すべきではないと、セカンドオフィスへ向かう。風を浴びていると確実に初夏へ向かっている感じがする。

 今日も新聞を手に出来た。なんか、年下で亡くなる方が増えてきたと考えていたら、自分がそういう年齢になっただけだと気が付いた。それでも同い年だと見入ってしまう。

 今日も常連さんが2名来店され、いろいろな話で盛り上がった。実家の整理について参考になった。やはり、年長者は知識の宝庫である。

 頭の中では昼食のことがあった。昨日まで残っていたゴボウが切れてしまった。問題はどのように人参を処理するかである。それはそうと、今日は長芋で食べようと店に入った。しかし、高価な長芋しか置いてないので、止めた。自分の要求は100円代である。蕎麦粉が500g、750円で売っていた。

 グランドプラザで催し物をやっているので、店を出た後の見に行った。自分には不要の新車のセールスが目に付いたが、前の方で柑橘類を売っていた。どうも四国の道の駅の価格が頭にあるので、何も買わなかった。

 そうして、どういう訳か、書店に行きたくなった。自分には珍しいことである。昔は、毎日のように書店に行って、本も2万円/月以上購入していた。ところが、いつごろからだったか、書店へ行っても読みたい本が無くなってしまい、行かなくなってしまった。

 久しぶりである。まずは文庫から回る。文庫は単行本で売れたのがなると考えているので、一度世間の評価を受けているので信頼できる。何冊か読みたい本が見つかった。おカネがあったら、棚の端から端まで一度に買ってみたいね。まあ、夢で終わろう。

 続いて単行本のベストセラーコーナーに行くが、読んで見たい本はあったかなかったかであった。最後に、経済関係や自己啓発本を見る。ここを見ると、今世間で起きているというか、話題になっていることが少し分かる。渋沢栄一さん関連が多かったが、お金に関する本はいつでも置いてある。

 何も買わず帰宅した。そこで、今日はトウモロコシとニンジンのかき揚げにすることにした。冷凍のコーンをレンジで解凍し、にんじんは5mm角にする。天婦羅粉は少なめで硬めに溶く。お玉を、油にくぐらせた後に具材をすくう。

 その間に、最後になった二八蕎麦を茹でる。

 かき揚げは、バラバラでまとまらず。結局は、油こしで濾して、残った具材を盛った。てんぷら粉が少なすぎたようだ。それでも、まあ旨かった。自分はソーメンも好きなのである。

 外は雨である。今日は休息日にしよう。

■「むさぼらなかった男」(中村彰彦著、文藝春秋、2021年)を読む。

「子は怪力乱心を語らず」

「~このコレラの大流行は尊王攘夷派の一部を過激化させ~」

「~破れかぶれの人生を送って道半ばにして斃(たお)れた者たちのこと。」