忙しない

■忙しない

 今日も仕事である。今日は郵便局経由で家人を職場へ送って行く。日中は誰もいないので不在者票があると引き取りに行った方が楽なのである。中身を開けた家人はしばらく書類を読んでいて、住民票を取ってきてほしいという指令が下る。

 いつもならそのままセカンドオフィスへ向かうところであるが、今日は地区センターで手続きを済ます。

 いつもより1時間ほど遅いがセカンドオフィスに入る。この時、マイカップを忘れたことに気が付いた。この店ではgogoモーニングをやっており、期限は今日までなのでそれを利用するとサイズアップになる。

 子供から連絡があって帰宅するも30分も遅れて出てくる。こうなると、昼食は喫茶店では食べられなくなるので、途中のうどん屋さんで済ます。10分ほどで掻き込む。忙しない日である。

 しかし、忙しなさはこれだけではなかった。今日も午前中にラインが動いており、自分は呼ばれていない。午前中から働いていた人が、自分も呼ばれていると勘違いして話しかけて来たが、呼ばれてないことを告げると去って行った。

 配置表を見ると今日も早いラインになっている。ここのところ連続である。

 定刻になったのでタイムカードを打刻するために事務所に入ったら、自分の持ち場が遅いラインに変わっている。これは、遅いラインの方が稼働時間が長いので、昼からの人への配慮だという。

 作業が始まった。確かに遅くて楽である。今日はあまりラインも停まらなかったのでスムーズである。2時間弱で終わったが、早いラインはまだ終わっていない。これは、ゆっくり流しているためである。人事部の読みは外れたようだ。そのまま、帰宅した。

 帰宅して洗濯しようと家に向かっていると、子どもから迎えの連絡が入り、戻る。

 帰宅後、連休の準備をしているが、何が何処にあるのか久しぶりなので探し回って忙しない。

 そうこうしている内に家人を迎えに行く時刻になったので、指定された駐車場に向かったが、コロナ禍の第三ステージのため、駐車場には入れず、あちこちと回り、結局路上で待つ。

 ああ、忙しない一日であった。

■「しつこく わるい食べもの」(千早 茜著、集英社、2021年)を読む。(その1)

「“家でなにを飲むの?”~“水ですね。お湯わかす時間も惜しい”」

「“イメージと違う”って、本当は彩りだと思う。」

「悪い奴らの飯はうまそうだ。」

「欲望を追い求めた先には、きっと艶やかな地獄がある。」

「食べものは幸福のためにあるんじゃないのか。」

「自分に都合の良い、いいかげんな物語を頭の中で作っていると、時間は早く過ぎた。」

「書きはじめた頃は、詩のような、散文のような断片的なメモばかりだった。」

「逃げれば後でもってしんどいことになる~」

「炊きあがれば電源を切り、保温はしない。余れば一食分ずつラップして冷凍する。」

「この世で最もストレスフルな場所は歯医者じゃないのかと~」

「でも、がっかりするということは、自分は強いと思っているということなのかもしれない。」

「人生の悩みは多く複雑に想えるけれど、本当はもっとシンプルなのかもしれない。」

「舌よりも体が、これは好きだ、と言っていた。」