ダウンサイジング

■ダウンサイジング

 今日も天気が良くない。こういう日は車で移動するに限る。昨日も歩いておらず、今日も歩いていない。まあ、歩いても体勢に影響は少ない。この結論は、日々2万歩を半年ほど続けたうえでの結論である。

 いつもの朝食を作り食べてからセカンドオフィスへ向かう。昨晩、でっぷりと育ったお腹の脂肪が原因でベルトが破壊された。セカンドオフィスの帰りにベルトを買うのでいつもと違う店にした。

 嗚呼、今日から値上げである。120円のコーヒーが140円になってしまうんだね。この20円分は10年で7万3千円ほどの出費になる。まあ、日本の食料自給率はおぼろげながら30%台であったと記憶しており、大半が輸入に頼っている。そのため、為替の影響を受けやすいので、円安になったりすると価格が上昇し、それを顧客に負担させることは、当然であり、良く理解しているつもりである。ここまで、半世紀以上生きて来てこのような局面は何回かあった。

 しかし、気に入らないのは、円安で仕入れ価格があがり、商品価格が上がるといって値上げした後、円高局面になってもほとんどの業種がまるで示し合わせたかのように知らん顔であった。商売ちゅうのはそういうものよと居直っているように思う。なんか、悲しいね。野菜のように、毎月価格が変わるのが合理的だと思うが、楽して儲ける習慣が付いたらそんな面倒なことはやってられないのだろうね。

 消費者としてのせめてもの武装は同じ価格でサイズを下げることであった。いわゆるダウンサイジングである。コンピュータ業界で一時モテはやされた、ムーアの法則のように、今はロッカーほどの大きさのコンピュータも手のひらに乗る大きさになると言っていた。実際、スマホなどを扱って見ると本当だったんだと感動すら覚える。ウエラブル端末など映画の世界の話であったが現実になっている。

 本を読むのに疲れたので、写真を整理しようとしたらWi-Fiがつながらず、店を出た。

 ベルトの買い物である。それと、探しても出てこない手袋も買おう。

 帰宅は、少し早かったので実家の整理である。早くセカンドオフィスに仕上げるほど金銭的負担が少ない。

 最近というか、60歳前からだっただろうか、少し動くとその疲れがひどい。10分やって20分休むという状態であった。それでも、牛歩のごとく進めるのである。

 昼食である。何も買って来なかったので家にあるもので済ます。今日はスパゲッティである。今日も面倒なのでケチャップ和えにした。まあ、いつものメニューである。

 何かの本に書いてあったのを思い出したが、同じものばかり食べていると病気になりやすいという。反面、イギリスだったか忘れたが、いつも同じメニューのところもある。結局、食べたいものを食べるのがいいのだろう。

 昼食後は少し休んで、先にダイコンを漬ける。これは、ベッタラ漬け用である。

 そして、また大いに休んで実家の整理である。基本はゴミ出しなので、収集日の前に行うのが一番有利である。

 そして、第二部である。午前中パソコン作業が出来なかったので、その分を行う。

■「昔話法廷」(今井雅子原作、金の星社、2016年)を読む。

「それじゃ家族を殺された人はみんな、かたきをうってもOKということになってしまうでしょう。」