定年延長の心理学

■「金銭のはなし」(西部 邁著、NTT出版、2012年)を読む。
 テレビに出ているのを見かけたことはあるが本を読むのは初めてである。幼少のころから今にいたるまで、お金にまつわることが書いてある。英語のカタカナ表記が多く、かっこ書きで日本語の訳語があるので、なんとか付いて行けた。
失語症者も同然となった吃音者のひたすらなる沈黙」
「強くなければ生きられぬ。優しくなければ生きる価値が無い。」(チャンドラー)
「わが身を何かの犠牲に供さなければ、自分は生きていけない」
「三、四日水だけ、ということが七、八回あったでしょうか」
「『コメとミソ』を少々蓄えておけば、懐が寒風にさらされても腹は何とか温まる。」
「ありとあらゆる分野の書物を読み続けました。〜『文章を書いてみたい』という強いよ急を感じ〜」
「来るものは必ず去るものである」

■定年延長の心理学
日経ビジネスからの抜粋である。
「2013年4月から改正高年齢者雇用安定法の施行により、65歳まで希望者全員が働き続けられるよう、企業に義務付けられた。ところが、シニア社員が「不活性社員」となるケースも少なくない。シニア社員の心理も踏まえて、やる気を引き出すような仕組みづくりが求められている。
定年後の延長雇用では多くの場合、肩書、賃金、やりがいを失っていきがちだ。「50代半ばからキャリアは横ばい、そして下降へ。シニア社員として活躍し続けるには、実は高度なヒューマンスキルが必要となる」と、キャリア研修を数多く手がける日本マンパワー取締役の片山繁載さんは言う。
「天ぷらの海老の衣」症候群――。定年後に肩書を失っても、その現実に気づかない人のことを片山さんはこう表現する。
 肩書による「ポジションパワー」は、人を実力以上に大きく見せる。いわば天ぷらの海老に衣がたっぷりついた状態だ。肩書を失い衣がはがれると、海老が意外に小さいことに驚くことがある。ところがそれに気づかないまま、定年後も「上司風」を吹かせる人もいる。
ある製薬会社では、定年延長組のシニア社員に対し、中間管理職が手を焼いている。長年マネジャーを務めてきたシニア社員が、定年を機に現場プレイヤーとなったものの、現場での腕が鈍っていて戦力にならないのだ。経理部では、経理システムへの入力作業を任せたものの、システム操作がおぼつかない。入力作業は遅い。加えて二言目には「俺は給料半分になったんだぞ。そんなに仕事はできない」と愚痴が出る。
給料を下げ、役職なし、転勤なし、残業なしで、大きな期待をしない。シニア社員の側にも「法を越えず」と遠慮しがちな人もいる。能力のある人、やる気のある人には経験を活かせる「場」をつくり、成果に応じた相応の処遇をする。「個別人事」が必要なのだ。
30年以上も前に「定年ゼロ」を掲げた前川製作所がいま見据える将来は、『動』の世代、『静』の世代がほぼ半々になる組織だ。そうなると、『静』の世代がいかに付加価値を上げるかで会社の業績が変わってくる。「出来ることなら、今までやってきた事業はすべて40代までの人が担うようにして、50代以降は新しい仕事を手掛けてほしい」と加茂田さん。」