ジンチョウゲ

ジンチョウゲ
 今日は晴れるようだ。久しぶりに山へでも行こうかと朝準備していると、エンジン音が聞こえてしまった。ついでに子供の職場への送迎もしたらしい。これでは、諦めるしかない。では、近くの山にしようと呉羽山を目指す。しかし、寒い。これで意欲消沈である。駅前まで行ってそのまま帰って来た。
 しかし、どこからともなくジンチョウゲの匂いがする。自分のHPでも壁紙に使っている。いつもは通ったことのない道など通り、見つけた。

 ついでにウイッキーで調べたので、丸写しする。
ジンチョウゲ沈丁花)とは、ジンチョウゲジンチョウゲ属の常緑低木。チンチョウゲとも言われる。漢名:瑞香、別名:輪丁花。 原産地は中国南部で、日本では室町時代頃にはすでに栽培されていたとされる。日本にある木は、ほとんどが雄株で雌株はほとんど見られない。挿し木で増やす。赤く丸い果実をつけるが、有毒である。花の煎じ汁は、歯痛・口内炎などの民間薬として使われる。」
「2月末ないし3月に花を咲かせることから、春の季語としてよく歌われる。つぼみは濃紅色であるが、開いた花は淡紅色でおしべは黄色、強い芳香を放つ。枝の先に20ほどの小さな花が手毬状に固まってつく。花を囲むように葉が放射状につく。葉の形は月桂樹の葉に似ているが月桂樹よりも軟弱。」
沈丁花という名前は、香木の沈香のような良い匂いがあり、丁子(ちょうじ、クローブ)のような花をつける木、という意味でつけられた。2月23日の誕生花。」
 アップするが、不鮮明である。16mmからできるので写し方が駄目だったのだろうね。

 野鳥は、スズメの群れがあちこちと騒がしくさえずっている。また、カワラヒワも自宅近くにもいたり、どこででも鳴いている。最近、鳴き声で分かるようになった。
 小学校の木に留まったので撮る。鮮明さは今一つだが、アングルがいいので図鑑更新とした。

 午後からも日差しが出たので、フトンを干したり、散髪へ行ったりとゆっくりできた。床屋さんに長髪にできるかと相談したところ、自分の毛の質や量は長髪に向いているということであった。しかし、(だぶん、似合わないので)やめた方がいいとアドバイスを受けたので、定年後の小綺麗な老人向きの髪型を希望し、それに合わせて整えてもらった。
 最近、歩いていないなあ。(反省)

■「復路の哲学」(平川克美著、夜間飛行、2014年)を読む。
「〜自分の人生が有限であることを実感するのは、成長が止まったときであり、大人になったときである。」
「いわば人間でなくなることへのためらいから、さいごまで自由になることのできなかった人たちから淘汰がはじまった」
「まさに機縁というものが人間の意志とは無縁のところに生まれるものであり、人間はそれを拒否することも、利用することもできない〜」
「会社においても、社会においても、多くの方が責任の所在を明確にしたがる風潮がある。しかし、それは結局、子供の論理だろう」
「〜筋肉は確実に、堅実に、たゆまず、脂肪へと変化しつつある。」
「還暦を過ぎてからの生き方について考えないわけにはいかない。」
「〜医療と介護が緩やかな死の邪魔をする〜」
「〜定年や還暦といった節目で、人生の棚卸しをすること。」
「二度と死ぬことはできない」
「〜寿命が尽き、食欲が失われて、餓死が近づくと、脳内麻薬が出てこの痛みを緩和する機能が人間には備わっているらしい」
「渡世においては、知識よりも自己抑制や、豊富な失敗経験がものをいう。」
「〜ある年齢を過ぎると、生きている間に読める本の数が見えてきてしまう。」
「人はいつも、何ものかの欠落を埋めるために生きている。」
「血肉化されず、自由に消費され、交換され、捨て去られ、忘れられていく知識は、もはや知とは呼ぶべきではなく、情報と言うべき」
「コーヒー一杯でそんなに長居するなよ」
「喫茶店は経営的には成り立たない」
「復路の人生というものは、往路とはまったくその景観を異にしている。」
「成長しなくてもやっていける戦略」
「〜トイレに行くときは必ず本を持参する。」