ドライブ

■ドライブ
 今日は朝から家人と二人で遠出である。神奈川県の平塚まで行くのであるが、高速道路では高速料金が1万円ほどかかる。おまけに距離は長い。それなら少し早めに出て普通道で行くのはどうか。なかなかイイコースである。
 高速代金を使わずその分で美味しい物でも食べようとなった。
 車は、甲府市内に入った。甲府と言えばほうとうであろう。
 家人は大昔に入ったことのある店に入る。畳敷きで広く、強めのエアコンが寒いくらいであった。

 これは驚いたね。野菜が多いというか大きい。ジャガイモは二つ切り、シイタケはそのまま、ニンジンもかぼちゃも大きく切ってある。ワラビなども入っており、大いに満足した。

 完食であった。

■「老衰死」(NHKスペシャル取材班著、講談社、2016年)を読む。
「人はいつか必ず死にます。その現実を受け止めることこそが、残されたいのちを輝かせることにつながる〜」
「延命治療をしなくても、苦しむことなく穏やかな最期を迎えることができる」
「医療が高度に進歩するなかでも、人が人生の最期を迎えるときには医療は必要とせず、できるだけ何もしないで自然の摂理に委ねられることがいちばん穏やかである。」
「老いや死は負けではない」
「〜どこで、どんな風に最期を迎えたい、迎えさせたいのか〜」
「死因を老衰とするのは、医師として“逃げ”だと教育されてきた〜」
「患者の寿命を延ばすために働いている医師に向かって、人はどうやって死ぬんですか、なんて失礼なこと聞くな」
「老い衰えるとは、最終的にはいままでできていたことが少しずつできなくなっていくことなのかもしれない。」
「経管栄養をしても生存期間の延長につながらない」
アポトーシス(細胞死)・・・非常に強いストレスを受けた細胞が、回復の見込みがないと判断したとき、自らを消滅させる行為〜」
「セネッセンス(細胞老化)・・・一定のストレスを受けた細胞が、細胞分裂を停止する行為〜」
「形質転換(がん化)」
「〜人は飢えて死のうとしているわけではありません。そもそも空腹ではないのです。」
「老衰死とは、“無数の傷による死”です。」
「何もしないで最後を迎える」
「自然の経過に任せれば、苦痛のない穏やかな最期を迎えられる」
「〜死は負けではありません。“安らかに死ねないこと”が負けなのです」
「死を否定するということは、人生を最大限に生きていない、ということになります。」