お花見

■お花見

 山歩き二日目の朝。やはり筋肉痛がある。面白いように2日目に出る。しかし、大したことは無い。ひどい時は、捕まり歩きをしなければならないほどであるが、むず痒い程度である。

 朝はいつもの朝食である。新しく買ったハムが出て来た。モーニング用である。焼いたら、非常に美味しい。高かったが、たまにはいいか。キャベツが無くなったのでまた作らなければならない。

 ゴミ出しをするときに天気が分かる。出る準備をする。

 こういう日は、車での移動はもったいなくてやってられない。目を細めて気ままに歩くのが最もいいなあ。

 いつもは通らない道を選んで歩く。桜が満開であった。やはり、お花見は桜であろうが、この時期には、春の香も求めるのである。いろんな匂いが混ざっている。

 匂いの元にたどり着いた。ジンチョウゲである。この花の匂いはすごい。流石に、三大香木に謡われているだけの事はある。

 レンギョウもいまが盛りと咲き誇っている。

 赤いボケの花も咲き出した。

 白いボケも咲き出した。

 いい天気であるが、体調が悪いので明日病院へ行こうと考えている。

 帰宅後は昼食である。今日はスパゲッティの日である。最近取り入れたカレースパにする。ちょっと水分が足りなかったので、次回は湯切りしないで入れようと思う。

 大いに昼寝をしてから、フトンを取り入れ、セカンドオフィスへ向かう。

 しばらく歩いたところで、二階の布団を取り入れ忘れたので戻る。そして、車で日頃行かない店にした。行かなくなった理由は、値上げと時間制限である。幸い時間制限は無くなって良かった。

 着いてから、見逃し配信を見る。

 いつもこんな日であればいいね。

■「ここは私たちのいない場所」(白石一文著、新潮社、2015年)を読む。(その2)

「人間は最後まで前を向いていた方がいい。振り返ると、そこには後悔や懺悔が大きな口を開けて我々を呑み込まんと待ち構えている。」

「人の死は誰にも知らせなくていいと私は思っている。」

「歳を取ったら小食が一番なのよ。」

「やっぱり健康を取り戻すには仕事が一番だわ。」

「たしかに、“あり得ない”ことが“ある”のが死であるならば~」

「墜落~ああいうとき、人間は何も考えられないんだって身に沁みて知ったよ。」

「結局、人間は、自分が死ぬかどうか判断がつかないまま本当に死んじまうんだよ。」

「出世なんてしてる場合じゃないと思ったよ。まじで」

「このところ、どういうわけか明け方になると動悸がして目が覚めてしまう。」

「俺は、お前が会社を辞めたのは正解だったと思ってるよ」

「常ならぬ現象の背後には常ならぬ原因があってしかるべきだ。」

「結婚している男たちは、たまの休みを家族サービスに費やし、誰も彼も疲労の極に達しつつ過酷な仕事をこなし続けていた。」

「妻や子供を持った男たちには、会社を辞めるという選択肢がなかった。」

「商売の世界は、煎じ詰めていけば、やるかやられるかの仁義なき世界だった。」

「人と共に生きても、人間は決して強くはなれない。」

「私はこれまで、誰にも依存しない人間になるにのを目標に生きてきた。」